プレゼント (01.09.09)

 

 クロダくんは理屈っぽいから気持ちというものを物に仮託するということには抵抗があったんだけど、でも気持ちというのはそのままじゃ伝わらないからたとえ不完全でも言葉なり行動で示す必要があるのだろうと理屈っぽい納得のしかたをして、とりあえずキシマさんにプレゼントを買おうということを決めるところまではこぎつけたのだけれど、でも困ったことにクロダくんにはあまりプレゼントのやりとりの経験がなくて何を買えばいいのか見当もつかなくて(実はクロダくんが家族以外にプレゼントをするというのは小学校以来のことだ)、でもそうこうしているうちにも日進月歩というか光陰矢のごとしというか何か適切な例えではないような気もするけどとにかく日にちだけはサクサクと過ぎていき、結局考えのないままにとりあえず買い物に出てみることにして、結果としてクロダくんが眉間に軽くシワなど寄せつつ怒ってるような浮かないような表情でもって最近開店したばかりの巨大なショッピングセンターをさまようという絵面が出来上がっている。

 相手のことを全く知らない、あるいはあまり知らないような関係だったら無難というかありがちというかそういうものをぞんざいに選んででもとりあえずあげてしまえばそれで済むのだけれど、困ったことにクロダくんはキシマさんのことは例えば竹本泉の漫画の単行本を20冊くらい持ってて最近は「エンジェル伝説」を妙ににへらにへらしながら読んでて(ちなみにクロダくんは漫画では「パイナップルアーミー」とか「沈黙の艦隊」なんかを読んでいたけど最近はキシマさんが一方的に貸してくれる漫画を読んでいるから傾向がずいぶん偏ってきている)何故かガンダムに妙に詳しくて(クロダくんも小学生のころにはガンプラなんかよく作っていたクチだけど、以前プレステの「ジオンの系譜・攻略指令書」のガンダムクイズ中級で完全に詰まっていたところにキシマさんが来てストレートで上級までクリアしてしまい呆然としたことがある)持っている靴の半分以上がブーツで(夏場以外ではクロダくんはキシマさんが休日にブーツ以外の靴を履いているのを見た記憶がない)レイトンハウスの派手なグリーンのパーカーがお気に入りで(でも何か私には似合わないみたいで困ったわ困ったわでも好きなのよう、と言っていたことがある)王将とか吉野屋とかのジャンクな食べ物もけっこう好きだけど何故かコンビニ弁当を目の仇にしていて(コンビニのパスタとかサンドイッチとかおにぎりなら問題無いらしい)ジャズが好きで(セロニアス=モンクの悪夢のように巨大なポスターを見つけて喜んでいたことがある)邦楽にはうとくて(ちなみにクロダくんは「ゆず」が気に入っている)全体としては割と好感が持てる(もちろんこれはクロダくんの主観だけど)というくらいのことは知っているというような関係であり、クロダくん的にはキシマさんが喜ぶようなものをあげたいという気持ちがあって、表現を変えると「彼女が喜ぶ顔を見たい」という奴であり、少なくともそんなこっ恥ずかしい表現を迂闊にも許容してしまうくらいにはクロダくんはキシマさんのことに関しては非・論理的で冷静さを欠いていて、しかしクロダくんの予想というのはこれをあげても喜ばない可能性が高そうだ、といったネガティブなものに終始しているというのが現状であり、結局のところ何をあげるかという問題においてクロダくんは完全に迷走し空転しており、けれどそういう自分を客観視しつつまんざらでもないと認識するくらいクロダくんはやはり論理性をいつもの7割減くらいで欠いているのは否めない(7割という数値には特に根拠はない)。

 まずCDでも見てみたのだが(ちなみにクロダくんは「CD屋」という言葉には違和感を感じているけどレコードなんか売っていない店をレコード屋と呼ぶのもどうか、などと考えていて自分で納得のいく呼称を見つけられないでいる)考えてみれば自分以外の音楽の好みなんかは正確に把握できたものではないし、かといって好みから外れたものをもらってこれほど嬉しくないものもそうないと思う訳であり、それは例えばキシマさんはジャズが好きだという情報を元にジャズにうといクロダくんがてきとうに選んだCDをあげるというのはつまりクロダくんが「ゆず」を聴いているという情報からクロダくんが既に持っている「ゆず」のアルバムを貰ったり、あまつさえ「ゆず」が好き→J-POPが好きなどという拡大解釈をされた上でミニモニとか宇多田ヒカルのCDを貰うなどという大雑把なことをされるということと同じようなものであり、それはあんまりうれしくなさそうだということは比較的容易に想像できるし、それにクロダくんの主観において判断するにキシマさんは多分癒し系コンピとかは聴かないような気もするし、ましてやわざわざCDで滝の音とか雨音とか聴いてどうするんだという気もして(ただ、実際ああいったものをよく見かけるからにはそういうのが好きな人というのもけっこう存在する筈である)、結局クロダくんはCDの売場から撤収していった。

 クロダくんとしても服とか靴とか鞄とか装飾品関係とかそういった方面を攻めるという選択肢は考えないでもなかったのだけれど、そもそもクロダくんはキシマさんの服のサイズや靴のサイズや指輪のサイズなんかを前もって調べておく程目端が利く人間ではないし(当然ながらクロダくんには女性のサイズを目視で推定するなどという特技もない)、得意分野については比較的プライドが高い反面自信のない分野に関しては無闇に卑屈なクロダくんとしては自身のファッションセンスなんか全く信用できない(正確に言うとクロダくんはセンスが悪いというよりはファッションに関してセンスや興味が皆無であり、幸か不幸かキシマさんもクロダくんの服装をコーディネートするようなことに喜びを感じるような人格ではなかったためにクロダくんは現在「地味」「安価」「機能的」の3つを軸として市内の量販店で自分の服を見繕っているけど、昔は家族に適当にバーゲン品を買ってきてもらって間に合わせていたのだからこれでも自分で選ぶようになっただけ大した進歩だ、というのが口には出さないものの彼自身の密かな評価であり、しかし当然周囲には進歩などとはみなされていない)ので、この選択肢については比較的早期に放棄された。

 そしてさまよえるオランダ人と化した(実際には日本人なのは言うまでもない)クロダくんはフラワーショップというか花屋に行き当たり、以前テレビで森田一義(あえてタモリと表記しなかったことに他意はない)が女というのは男が思ってるよりずっと花貰うと喜ぶからね、と言っていたのをふと思い出し花というのもなかなか妥当な選択ではあるやも知れず、などと思い、でも花束ってのはすぐ枯れちゃってそれっきりでつまんないしここはやっぱり鉢植えだなと思いかけたけどすぐにそういう発想自体が花なんか貰ってもそんなに嬉しくない人間のものでありそもそも花なんか枯れようが枯れまいがどのみち実用性など皆無である(しかしクロダくんは菜の花の芥子和えがけっこう好きだ)のだからそういう発想は除外すべきであろうと考えを改め、しかし花束をかついで電車とバスに乗る自分を想像したクロダくんはかなりげんなりしてしまい(ちなみにクロダくんは免許は持っているが車は持っていない。いわゆるペーパードライバーであり、今となっては運転ができるかどうかも怪しいものである)、かといってメッセージカードなどというものにこっ恥ずかしい文章など書き連ねた上で配達を頼むなどというのも相当に憂鬱な話であり、さらにこないだキシマさんに借りて(例によってクロダくんから頼んだ訳ではない)読んだ「サイコ」の上野達のエピソードなんかも思い出してしまい(実際には花と上野の猟奇殺人の間には榎木津にこき使われる電気配線図面引きと干し大根くらいの関連性しかないのだけれど、この場合もう花のことを考えたくなかったクロダくんが半分がたわざと花に関するよくないイメージを無理矢理連想したというのが正確だろう)、クロダくんはまたもや撤収、あるいは戦略的転進を決定した。

 その後クロダくんは食器や花瓶のようなものがある売場にたどりつき、実の所クロダくんはカニスプーンとかせいろとかいちごスプーンとか電気たこ焼き機とかスライサーとかの便利そうだけどなくても困らない、実用性があるのかないのか曖昧なグッズを眺めるのはけっこう好きだったりするけれどでも万能ハサミとかワインオープナーとかレモン絞り機なんかはあまり贈っても喜ばれないだろうし、たとえそれが必要だったとしてもフライパンとかおたまとかしゃもじなんかもプレゼントとして適切かどうかは多いに疑問であり、じゃあティーカップのセットなんかどうだろうかと思いはしたものの、比較的手ごろな値段のもの(大半はギフト用の売れ残りの処分セールのようだ)にはどうもデザイン面に問題があるものが多く(クロダくんはファッションセンスはないと思っている割に食器や家電のような固い材質の実用品のデザインにはずいぶんうるさい)、かといって割とよさそうだと思えるものは例えばウェッジウッドだったりして価格面に多いに問題があり、いくらなんでも統一デザインのアイテムのなかで皿のついてないカップだけとかサラダボウルだけとかではあんまりだという気がするし、そもそもこんな売場に長居してうっかり展示品のひとつふたつでも割ってしまったらなどと想像すると妙に現実的な重みがあったりもする訳で、クロダくんはお決まりの転進を決行した。

 結局この後もクロダくんは敗戦の近い某帝国並みに転進を繰り返し、最終的に「使えないうえに捨てられないプレゼントというのは多いに迷惑であるから使えばなくなるものの方がいいだろう」と誰かが言っていたような気がするようなようなという心境に至り、じゃあ速攻でなくなる食べ物なんかいいかもと半ば捨て鉢に方針を決定し(キシマさんは人前だろうが何だろうが出された料理を残すような真似は意地でもしないというタイプであり、かつ大抵のものは凄くおいしそうに食べるので見ているだけでもそこそこ楽しいという育ち盛りの活発な男の子のような人だったりもするので、この方針自体は間違ってはいないとも言える)、でもプレゼントに焼き鳥とか餃子とか刺し身盛り合わせというのもどうかという配慮も加え、このショッピングセンターのなかに6軒も入っているケーキ屋(はっきり言ってこれは多すぎるとクロダくんは思っているけど、ここにはさらに焼き菓子専門の店とゴディバのショップとシュークリーム屋とベルギーワッフル屋とドーナツ屋とシナモンロール屋とあと和菓子屋も3軒あって、ついでに食堂街にも甘味処とケーキ屋とフルーツパーラーがあるというありさまだったりする)のなかからヤケクソなノリでお高い(クロダくんの日常的な食費を基準とした判断であり、ちゃんとしたケーキとしてはまともな価格帯なのだろう)チョコレートケーキを選択(万一食べきれなかった場合フルーツや生クリームよりは日持ちするんじゃないかという判断もあった)し、それに甘口の白ワイン(キシマさん的にはワインというのは赤玉ポートワイン程というのは困るけど基本的には甘い方がいいという話であり、ついでにアルコールが今一つ苦手なクロダくん的にもそれに異存はない)を1本つけて(ワインとケーキという組み合わせにはクロダくんも問題を感じたけれど別々にすれば問題はないと強引に納得してみた)、買い物は終了ということにしてキシマさんのもとへと転進していった。

 …で、結果としてキシマさんはすくなくとも表面上はこのプレゼントに対し非常にナチュラルかつストレートに喜んでみせ(キシマさんの場合裏表はないと信じていいような気もするけどクロダくんにとって他人の内心を察するというのはファッション同様に苦手分野であるので不安は残った)、コーヒーをいれると(キシマさんもクロダくんも普段は豆を使ってコーヒーをいれる習慣で、ついでにキシマさんはガスコンロにかけて使うタイプのエスプレッソメーカーも持っているけどこれはたまにしか使わない)クロダくんにもすすめつつケーキをぱくぱくと食べ(クロダくんが遠慮したこともあるけどキシマさんはクロダくんの3倍は確実に食べた)、さらに近所のスーパーにくりだしトリカラやらコロッケやら特売の刺し身やらバタピーやらポテチやらその他もろもろを買い込んで酒盛り状態に突入し、ワインをあけてビールも飲んでさらにウイスキーの牛乳割りなどというものに手を出したところ見事に出来上がってしまい(ちなみにクロダくんに関しては缶ビール1本でもけっこう出来上がれる経済性の高さである)、言動の支離滅裂さにターボがかかったというかもはやアフターバーナー全開の最大戦闘速度、あるいは何人たりとも俺の前を走らせねえ状態(キシマさんは自分のことを俺とは言わないけど)に突入したキシマさんに付き合わされてかなりヤバい感じになりつつも、まあこういうのも幸せなのだろうなとクロダくんは思ったのだから、やはり非・論理的になっているのは否めない。

 けれどその思いは翌朝ゴージャスな頭痛と嘔吐感によって8割引になったのだけれど(8割という数字には、やっぱり根拠はない)。

 

補足あとがき

えーと、これってジャンルとしては何に分類されるのかしら、とか書いた本人が既にわかってない昨今ですけど。
ちなみに書き始めたのは今年の2月で、3月にはおおむね仕上がってました。つまり半年ばかし寝かせてあったというか放置してた訳ですけど、別段理由らしい理由がある訳でもなく。

とりあえずこの文章はフィクションという奴であって「クロダくん」には特定のモデルはいないというか、けっこう手近な人格を部分的に切り貼りしてたりはするんでモデルはいると言えばいるんですけど、まあいいや。
ちなみにこの「キシマさん」が以前アップした「コロッケ」に登場する「キシマさん」と同一人物かどうかはあんまり明言したくない気分というかどうでもいいや。

今回は珍しく3人称の文章になってますけど実質クロダくん視点なのは読めばわかる通り。

 

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