傍観者最後の日々 (2008.01.01.)

 

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■発端

 トラブルにぶつかったときは、とにかく動揺してはいけない。まず落ち着いて自分のおかれた状況を整理し、それから対策を考える。そういうもんだ。うん。

 まず、この状況に関与しているのは私を含めて三人。
 一人目は高梨志穂。私の同級生だ。数年前からの付き合いで、客観的に評価するなら頭が良くてかわいくて育ちもいいみたいで、全体的に高性能でなおかつそれが嫌味にならないくらいいい娘だ。
 二人目は山岸雪絵。私の姉だ。私とは両親とも同じだし別々に育ったりもしていない、至って普通の姉。・・・いや、私に対する間柄は普通なんだが、姉さん自身は普通っていうと・・・水をかけると分裂するとか夜中に首が外れて頭だけ空を飛ぶとかそういうのと比べれば至って普通だけど、性格は普通の範囲から若干はみ出しているんじゃないかと私は思っている。あと、姉妹仲は割といい方だと思う。
 で、三人目は山岸桜子。私だ。とりあえず志穂あたりと比べれば「普通」の一言で片をつけて問題がない普通の学生だと自認している。
 そしてこの三人のおかれた状況はというと、私が放課後に志穂を連れて帰宅して、先に帰っていた姉さんが玄関で出迎えたところに、志穂が思い詰めた表情でもって
「あなたが好きです。私と付き合ってください」
 と、姉さんに言った。そういう話だ。

 ・・・いやさ、どう対策しろっての、これ。

 

■第一日

 その少し前、私は志穂に相談を持ちかけられて、話を聞いていた。
 ロケーションについては、志穂はジャンクフードの類はあまり好きじゃないみたいだし、私はコスト意識が過剰というか要するにケチなので、ファストフード店に入るという選択肢は最初から無い。志穂はちゃんとした喫茶店なら割とよく利用しているらしいけど、私は学生でバイトもしていないのでそんな店に出入りする余裕はない。志穂も学生でバイトはしていないはずだけど、まあ何だ、隣の芝が青いかどうかとかそういうことは気にしない方がいい。
 他の同級生とかに聞かれたくないってことだったから図書室や学食も駄目だし、天気はいいし気温もまずまずだったから、場所はうちの近所の公園のベンチに落ち着いた。

 どうってことのない無駄話をすることはよくあったけど、改まって相談があるなんて言われたのははじめてだ。だからどんな問題が出てくるのかと緊張していたら、
「あのですね、私、す、好きな人がいまして・・・」
 恋の話だった。略してコイバナとか言うのか? いや、お互い第二次性徴期を迎えた後だし、特に不自然な話題ではないんだろうけど。
「相手は一応、知り合いなんですけど、気持ちを隠したまま会うのも辛くて、でも言っちゃって嫌われるのも怖くてででですね・・・」
 割とスタンダードなコイバナのようだ。普段は歳の割に落ち着いている志穂がいつになく赤面して口をぱくぱくさせているのを見て、私は、ちょっと寂しくなった。
 ・・・あ、いや、別に私は志穂が好きだとかじゃなくて、いや、好き嫌いで言えば好きだけど、そりゃ友達としてのアレだ。それに志穂が他の誰かと親しくなるのが寂しいとか、そういうことでもない。
 私は恋愛の経験がなくて、家族とか友達ならともかく異性を好きになる、という気持ちがどんなものかも知らないしわからない。いやもう全然わかんね。だから、私がそんな風に色気のないボンクラな日々を送っているうちに、志穂はそんなことを思い悩むようになっていたのか、と思うと、置いて行かれたようで寂しく感じた、という話。・・・アレだな、要するに、ひがみってやつだ。格好悪いわな。
「でも、私、将来どうなるかわからないですし、好きって言えるのも、一緒にいられるのも、学生のうちだけかもしれませんですから・・・」
 志穂の家は普通に上流っぽいし、とりあえず私あたりと比べれば将来の選択肢にも色々と、しがらみっていうのがあるのかもしれない。でも別に旧華族だとか元財閥だとか大企業経営者だとか政治家だとかそこまで出鱈目じゃなかったはずだし、高校生のうちから恋愛に、それも告白も済ませないうちから将来のことまで絡めて考えるってのは気が早すぎるよなあ、でも恋する乙女ってのはそういう感じにテンパってしまうもんなのかもな。とか思った。
 ・・・いやさ、その相手が誰かってのを知った後なら、将来ずっと一緒にいるにはかなり問題があるってのもわかるけどな。主に性別に関して。
 でもその時点での私としちゃ、相手が男じゃないなんてことは完全に想定外だし志穂は必死な顔をしているしで、これは真面目に考えないといけないと思った。・・・けれど、どのみち私には経験のない分野ってのも事実なわけで、実のある助言ができるかっていうと、そりゃ普通に無理だ。困った。
「ごめんなさい、こんな、人に聞いてもらってどうなる話でもないですけど・・・」
 志穂は私の眼を見て、それからうつむく。

 ・・・これは、何にしろ、私も私の気持ちを言うしかない。そう思った。
「ああ、その、な。私はそういうの経験ないし、正直よくわからないけど、志穂がしたいことがあるなら、私は志穂を応援する。役に立つ自信は無いけどな」
 わざわざ他人に相談するのは、背中を押してもらいたいってことなのかも、とも思ったし、それに志穂は私の友達だから、力になれるならそうしたい。・・・いや、繰り返しになるけど相手がうちの姉だとわかっていたら背中なんか間違っても押さなかったんだが。ただ、今思えば背中を押す前に相手がどんなやつなのかは確認しておくべきだった。それは後悔している。かなり。
 志穂は顔を上げて、小さい声でありがとう、と言った。
「やっぱり、ごめんなさいですね。こんなの、自分で決めて自分でやることですのに」
 志穂はいくらか上気した顔で自分の爪先の辺りを見つめて、すう、と深く息を吸った。そんな志穂は私と同じ種族とは思えないくらいかわいくて、これを振るような男はいないだろ、などと私は思った。いや、だから男じゃなかったんだが。
「・・・うん、決めました。私、やります。ただ、その・・・できれば、桜子ちゃんに一緒について行って欲しいのです。あの、一人だと途中で逃げちゃうかもしれないですし」
 そんなことを上目遣いで言うから、
「あ、うん。そりゃ、構わない。いつでもいいよ。どうせ暇だしな」
 私は呑気に請け負った。そんなに面白そうな話ではないけど、さして面倒だったり大変だったりもしないだろうし、どうせならその相手とやらを見ておくのも悪い話ではないと思ったし。いや、だからさ、その時は思ったのよ。
「あ、ありがとうですっ! えと、じゃあ、あの、今から桜子さんの家に寄っていいですか?」
「へ? ・・・まあ、いいけど」
 いい加減くどいかもしれないけど、とにかく私はこの時点で志穂の告白の相手が自分の家にいるなんて一ミリも思っていなかったわけで、まあ告白とは関係なくうちに来たいんだろう、と思った。志穂がうちに来るのはよくあることだったし。

 で、姉さんの帰宅が遅ければその後の展開もいくらか違っていたんではないかというか、少なくとも事態が決定的になる前にそれに気がついて何がしかの対策はできたんじゃないかと思う。最悪、対策が無理でもとりあえず覚悟くらいはできたはずだ。でも姉さんも学生でその日は特に用事もなく、私たちが公園で話をしている分の時間差で先に帰宅していた。
 私は自分の価値観やら何やらがひっくり返される事態の引き金になるなんてことは全然さっぱりちっとも思わずにベルを鳴らして玄関の扉を開き、姉さんは
「おかえりー。・・・あらあら、志穂ちゃん? いらっしゃい」
 なんてことを言い、そこに志穂が前置きも何もなくいきなり本題をぶちかまして、そして話は最初のところに戻るわけだ。


 志穂の例の発言を聞いてから意味を理解するのに私は二秒ほどかかって、それから
「・・・へ?」
 と、多分かなり間の抜けた表情で志穂と姉さんを交互に見た。姉さんはかなり物事に動じない、というか図太い方だけどさすがにこれは意外だったようで、目を丸くして口元を手で押さえて
「まあ。・・・あらまあ」
 とか言っている。一方、志穂は触ると火傷しそうな勢いで赤面していた。
「ああ・・・ええと、待て。ちょっと待てよ。いや、その、何だ」
 私は混乱から全然立ち直れないまま、それでも事態を何とかしようとして口を開いた。
「志穂がさっき言ってた、好きな人って、この・・・」
「うん。・・・雪絵さんのこと、です」
 志穂はうつむいたまま、でもきっぱりと言い切った。
「え、だって、これ、一応、女だよ?」
「そんなのわかってます!」
 ・・・本気だった。
 横の方で姉さんも「いくら何でも『これ』呼ばわりはひどいわよう。それに『一応』って・・・」とか言っていたけど、そっちはとりあえず無視しておく。もう正直に言って色々と手に負えない。
 志穂は眼が潤んでいて、何かものすごく罪悪感がわいてきたけど、でもこっちだって割と泣きたい気分だ。いやもう。

 志穂は黙り込んで、私も打つ手が見つからなくて、姉さんは無意味に「あら」とか「まあ」とか言っていたけどあまり意味はなさそうなので、千日手というか降着状態というかそんな感じで二分ほど経過した。いや、体感としてはたっぷり三十分はあったと思ったけど、後で時計を見たら計算が合わないのでそんなもんだったらしい。
 そして私が混乱と気まずさの中で、そういえば腹減ったな、などと関係ないことを思ったりしていると、
「あの、返事は、いつでも構いませんですから。それじゃ、失礼つかまつりまつるです」
 そう言って志穂は帰っていった。文末がおかしいけど、志穂もいっぱいいっぱいだったんだろう。

 その後も私と姉さんはしばらく馬鹿みたいに玄関で突っ立っていたけど、姉さんが
「さくら、お腹空いてない? 大福あるんだけど」
 などと呑気なことを言い出したので、とりあえず靴を脱いで家に上がって手を洗って大福を食べた。甘かった。


 その日の夕食は常夜鍋だった。鍋でお湯をわかして日本酒やにんにくをてきとうに入れて、ほうれん草と豚肉を茹でておろしポン酢にお好みで豆板醤をぶち込んで食べる。仕込みに手間がかからないし、鍋料理の中では寒くない季節でも割と食べやすい部類なので、うちでは定番のメニューだ。
 で、肉とほうれん草をもふもふと食べつつ姉さんの様子をうかがってみたけど、普段と大して違わない自然体にしか見えない。強いて言うならいつもよりちょっとぼうっとしているような気はするけど、この人は普段から割とぼんやりしているからこの程度は誤差の範囲だ。
 ・・・いや、まさか全く動揺していないってことはないと思うんだが。
 それにしても同性という件は置いておいても、志穂はこんなののどこがいいのか・・・と思いかけたけど、でも黙って顔だけ見れば割と美人だな。背は高めでスタイルもメリハリがあって、とりあえず同じ血を引いているはずの私よりは客観的にレベルが高いのは否めない。家事は日常的にこなせているし成績も平均より上だったはずだ。性格だってつかみどころはないけど悪いわけじゃないし・・・ああ、同性なのを置いておけばそう悪い選択ではないのか。って納得してどうする。
 それにしても親が同じで食事内容もだいたい同じはずなのにどうしてこう栄養の回りどころが違うんだっていうか、具体的には身長と胸囲の差なんだが、何か世の中理不尽だよな。いや小さい方が肩も凝らないし実用的なんだろうけど、そもそも外見はあまり実用性とは関係ない。それに混雑した電車に乗る場合なんかは、身長は高い方が実用的だ。あと本屋とか図書館でも便利だな。図書館はたいてい踏み台とかあるからいいけど、本屋で中身を見てから買うかどうか決めたい本が手の届かないところにあると厄介っていうか、店員に取ってもらってからやっぱりやめておきます、とは言いにくいし。
 などと私が思考を脱線させていると、姉さんが首をかしげて、
「あら、どうかしたの? 私の顔に何かついてるとか?」
 そんなことを言い出した。眼と鼻と口がついている、とでも答えようかと思ったけど、笑えるギャグだとは自分でも思えないのでそれは没にする。
「いや、その、志穂のあれ、どう思うよ?」
 聞いてみた。
「どうって・・・まあ、ねえ。好きって言われるのは悪い気はしないわよう。嫌いって言われるよりはずっといいよね」
 いや、まあ、そりゃそうだろうけど。
「ええと、じゃあ、返事とかどうすんの」
「うん、それはどうかしらね。まだそういうのはいいかって気もするし」
 そう言うと、姉さんは私の顔をまじまじと見た。
「な、何だよ?」
 顔に何かついているのか。ほうれん草の切れ端とか。
「さくらのことも、まだ心配だものね」
 何だそれは。
「いい加減、いつまでも子供扱いすんなよ・・・」
 そう言うと姉さんは露骨に不満そうな顔をする。
「えー? いくつになってもさくらは妹で私はお姉さんでしょ? 駄目?」
「割と駄目だと思う」
「ああ、もう、冷たいこと言わないでよ。寂しいなあ」
 そう言いながら姉さんは箸で小鉢をぐるぐるかき回した。それからじとっとした上目遣いで、
「さくらは私のこと、嫌い?」
 そう聞いてくる。
 経験的にここで冗談でも嫌いだとか返すと、すねたり駄々をこねたりと盛大に子供っぽい反応に延々と付き合わされることになる。
 それに正直なところ、多少うっとうしくはあるけど、別に姉さんのことは嫌いではないんだ。私も。
「あーはいはい、好きだってば」
「駄目―。心がこもってないー」
「あのなあ・・・」
 そんな感じで会話が推移して、気がついたら姉さんが志穂をどう思っているのかという肝心なところを聞き忘れていた。


 その後風呂に入ったり色々してから、部屋に戻った。
 次の日には学校に行ってまた志穂とも会うわけだし、とりあえず今日中に何か前後策が立てられないものかと、布団に入って天井を見ながら考えてみた。考えてみたけど、でもどうしようもないよなあ。
 いやさ、私は当事者・甲の友人にして当事者・乙の家族であってなおかつ事件の現場に居合わせたわけだけど、でも考えてみたら私の立場って傍観者なんだよな、そもそも。私が告白したわけでもなければ告白されたわけでもない。
 でも何かできることはないかと三十分ほど考えて、何も思いつかなかったのでとりあえず寝た。


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