バス  (03.11.01.)

 バスに乗って家に帰る途中。車内は混んでいるという程ではなかったけど、座れる程には空いてもいなかった。日没はとっくに過ぎていて、ああ腹減ったなあ、などと思ったりしていた覚えがある。
 降りるバス停のすぐ手前の信号でバスが停車していたときに、正面の窓をぼんやり見ていると、外の街路樹の幹に、バスの車内についているのと同じ『つぎ止まります』のボタンがついているのが見えた。一瞬あれ、と思ったけれど、それは結局自分の背中側の車内のボタンが正面の窓に映りこんだ鏡像が、たまたま窓の外の街路樹に重なって見えただけなのだろうと考えた。
 そしてバスは発車しバス停に停車し、下車して帰宅して風呂に入って夕食を食べて、そのことは忘れた。



 それから数ヵ月後。日付は覚えていないし記録してもいないので、「数ヶ月」という語にはこの場合「まあ、多分1年は経ってないだろう」という程度のあいまいな精度しかない。日記をつける習慣は一応あるのだが、予定として先に書くか済んだ後で書くかの違いはあるにしろ書いてあること自体は手帳の予定表と変わらないような代物なので、こういう場合にはあまり役に立たない。
 自宅の近所のバス道路沿いの歩道を散歩していた。趣味という程散歩が好きだった訳でもないし、過去形で言ったが今だって散歩は趣味ではない。だから何かついでの予定があったとか、たまたま気候がよくて気分もよかったとか、そんなところだったのだろう。
 歩きながら何となく斜め前あたりを見ていたら、街路樹の1本にあのボタンがついていた。『つぎ止まります』だ。

 道路を渡ってその木のそばに行って見てみた。やはりあのボタンがついている。そのときにはバスには乗っていなかったし夜でもなかったので、少なくとも鏡像ではない筈だ。幻覚の可能性はあるが、基本的に幻覚かどうかを確認する手段など無いのでその可能性は無視していいだろう。
 見たところボタンの材質や形状はバスのそれとほぼ同じようだった。もっとも地元のバスのボタンには何種類かのバリエーションがあったし、別の地域の業者の違う路線ではやはり違う型のボタンが使われているのだろうから、誰が見てもこれはバスのボタンだと断言はできない。しかしこれがバスのボタンではないと断言する人がいたらできれば距離をおいた方が安全だろうと思うくらいには、それはバスのボタン然としていた。木にはネジで固定してあるようで、配線の類は露出していない。
 常識的な線で考えるなら、何らかの手段でバスのボタンを入手した人間がネジとドライバを使ってそれを木に固定したのだろう。およそ常識に当てはまる人間がそんなことをする理由は思いつかないが、例えばこのボタンは枝や葉と同じで木の一部で有機物なのだ、などという説よりははるかに納得がいく。
 と、そのようなことを10秒間ばかり考えたうえで、そこから立ち去ることにした。けれどついでなのでボタンを押してみようと思い、それを実行すると、

「つぎ、止まります」

 いかにもスピーカーを通したような電気的な声がきっぱりとそう言い、同時にボタンについているランプが赤っぽく点灯した。

 辺りを5分間ばかり探してみたがスピーカーの類は見つからず、木の中に電線を埋め込んだりした形跡も無かった。
 その後は、たまにバスの中からボタンが見えたような気がすることはあったが、その街路樹のそばには行かなかったし、だからボタンを押すこともなかった。



 そして、あのときあのボタンを押したことによって、何かがその「つぎ」で「止ま」ったのかどうかは、まだ確認できていない。まあ、あんなボタンを押したところで、止まるのはバスくらいのものだろうが。

 

補足あとがき

 前半は実話です。いや実際にはボタンは反射で映ってただけですが。でもって大筋はそのときに5分くらいで考えたんですが、それから今まで3年くらい経過してますが。

 

 

メニューに戻る

inserted by FC2 system