灰色の瞳の奥 (2006.04.22.)

 

※今回文章量がいつもより多いので、全体を3分割しています。2ページ目はこちら3ページ目はこちらからどうぞ。

 


#1

 『彼女』を見たのは初夏の頃だった。
 透き通るような白い肌に長い銀色の髪をして、どこかで見たような、誰かに似ているような面影の『彼女』は、路地裏の空き地に立っていた。
 元々建っていたビルを取り壊して、何かを建て直す予定が流れて結局そのまま放置されているらしい。中身の詰まったゴミ袋が置かれ空き瓶が転がっているような、生活臭のある・・・というよりは単にちょっと臭い、ありふれた路地裏で、『彼女』の存在は周囲から完全に浮いていた。
 そして『彼女』の足元には、何か服のようなもの、多分うちの学校の制服と、あとガラスか何かのような透明なかけらが散らばっていて、それは光を反射してきれいだった。
 私はその姿に目を奪われ立ちすくんだ。そしてそれに気がついたのか、振り返った『彼女』の眼、色素が薄く灰色がかった瞳を見たときに、
「一緒にいたい」
 そんな言葉が聞こえたような気がした。

 それは結局、気のせいでしかなかったようなのだけれど。


#2

 土曜日。私の学校は私立で、なおかつ強いて分類するなら進学校だったので、それは偏差値や進学率といった数値よりも、要は学校側の意識としての話なのだけれど、とにかくその結果として、基本的に週休2日やゆとり教育などという施策とは最初から無縁に土曜日も授業をしていた。
 ただ、土曜日は昼までで終業ということにはなっていたので、4時間目が終わったらさっさと帰るのが普段の習慣だった。けれど、その日は桐山霧恵と約束があったので、待ち合わせ場所の学食で彼女を待っていた。弁当持参派も少なくないし、特に土曜日ということもあって座席は空いている。

 その日は霧恵に、地元の定食屋で昼ご飯を食べようと誘われていた。店内が薄暗くてBGMは常に演歌というバリバリの定食屋なのだが、ここには何故かいつも巨大な飼い猫がいて、その猫を霧恵は妙に気に入っていた。私は保険所とかはこういうのを問題にしないのだろうか、ということの方が気になるのだが。ついでに言うと味は特別においしいというほどでもないけど、まあ悪くはない。
 もっとも、霧恵に誘われたのならそれがカレーヨーグルトだとしても、私は文句を言うつもりはない。・・・いや、実のところ、あれを食べたことはないのだけれど。

 しかし5分ほど遅れてやってきた霧恵は私を見るなり
「りっちゃんごめんっ、急用が入っちゃったの。悪い。本っ当にごめんね? 次は私のおごりにするから」
 と早口でまくしたて、そしてその背後には、一言で言うと不審な女が立っていた。

 初対面の相手に対して不審という印象を持つのは予断であり失礼にもあたるのだろうが、彼女はすらりとした体躯に白い肌と銀色の髪と緑色の瞳をして、オープンフィンガーの革手袋をはめた手に深い茶色に光るステッキを持っていた。服装は白いブラウスに腰の締まった黒いフレアスカートで、脚には編み上げのブーツを履いている。
 まず、大都市ならともかく地方では外国人は、少なくとも一目でそれと知れるような欧米人はまだそれなりに珍しい。それにうちの学校には欧米人の学生も教職員もいないはずなので、とりあえず学校の関係者でないことは確かだ。
 それに瞳が緑色ときた。茶色とか青とか灰色ならわかるが、緑色はあまり無いと思う。おそらくはカラーコンタクトでも入れているのだろうが、それにしたって私の周辺では例が無い。
 そして、しかもステッキだ。英国紳士か何かが持っていそうな、よく見ると細かい装飾の入ったしっかりしたつくりのステッキ。少なくとも私は、実際にそんなものを持ち歩いている人間と会うのははじめてだった。

 その不審な女は私にいぶかしげな視線を向けているので、私もにらみ返しておいた。
 それから私は霧恵に視線を戻して、
「うん、いいよ。別に。また今度でさ」
と返すと、
「いや本当こっちの都合で申し訳ないんだけどね、うん、ありがと。次は天丼の上でも何でもおごっちゃうから。大好きだよりっちゃん。それじゃ!」
などと早口でまくしたて、どたどたと走っていった。

 私はちょっとがっかりしつつ霧恵を見送り、でも件の定食屋においては天丼の並と上の差はおおむね天ぷらの質ではなく量なので、むしろ上は食べきるのが大変だから並の方がいいのだけれど、などといったことをぼんやりと思った。そして、どのみち学食にはもう用はないのでさっさと帰ろうとしたら、不審な女がまだその場に立っているのに気がついた。
 どうもこの女は霧恵の連れではなかったようだ。それに、少なくとも私の知り合いではないことも確かだが、しかし立ち止まっている以上は只の通りすがりでもないのだろう。
 などと考えて疑問に思っていると、
「えっとさ、その、何だよね。あんたも当然理解してくれてるとは思うけど、私はこれで結構親切だから念のために言っておくとさ。あの『大好き』ってのは、ありゃ社交辞令だから本気にするもんじゃないのよ?」
 などと早口で言ってのけたので、とりあえず呪詛を込めてにらんで差し上げた。風体が白人にしか見えない割には日本語が非常に流暢でなまりが全く無かったけれど、それに違和感を感じたのも数分後のことだった。残念ながら私は比較的沸点が低く、こういうときには注意力が低下しがちだ。

「名前は桐山錐人。霧恵の姉をやっている」
 学食で私の正面に席を取った不審な女は、私の予想のはるか上空を通過する自己紹介をした。
「桐山・・・生糸?」
「きりと。漢字は円錐のスイにヒト。他人の名前を聞き間違えるだけならまだしも、言い間違えんじゃねーだわよ」
 ・・・聞き間違えたら言い間違えは避けられないと思うのだが。
 錐人は引き締まった、あまり女性的という形容は似つかわしくないけれど男性的というのも明らかに違う、強いて言うなら細身の刃物のような体をしていて、顔立ちも全体に鋭い印象の美人だ。ただ、眼がちょっと猫っぽい気もする。髪は銀色というか、正確に言うなら極端に色素の薄い金髪のように見える。
 一方、錐人の自己申告によると彼女の妹ということになる霧恵は、全体に適度にやわらかい印象で、要するにこの2人は全く似ていない。というか霧恵はどこから見ても東洋人なので人種から違うように見える。
 そもそも、外見から判断するなら錐人が霧恵より年上なのかどうかという点についても疑問が無いではないが、上か下かはともかくそう極端に年齢が離れてはいないように見える。
 しかしその辺は色々と複雑な家庭の事情があるのかもしれないし、この場で突っ込むのは避けるべきだろう。それに私は霧恵の家族構成のことはよく知らないけど、とりあえず姉がいるという話は聞いたことがあるような気がする。

 ・・・けれど、比較的特異な外見をしている割には、錐人は不思議と周囲の注意をひいていないようだった。錐人は外人っぽい見た目に反して、やけに自然に箸を使ってきつねうどんをすすっているのだけれど、他の学生はまるで彼女がそこにいないかのようにふるまっている。私などはこんなのが目の前にいると非常に落ち着かないのだが。
 ・・・まあ、こんなのと関わり合いになるのは危険だ、という判断なら、それは理解できる。むしろ、さっさと逃げ出さずにこんなのと差し向かいになっている自分の方が理解できないくらいだ。

 そして私はざるそばを食べている。これは一度に大量にゆでても伸びにくいように、という配慮なのか麺が妙に太い。冷麦くらいある。少なくとも私はこれだけ太い蕎麦を学食以外で見たことはないけれど、どうも蕎麦はあまり太くない方が味はいいようだ。
「・・・というか、何か私に用でもあるんですか?」
 何故初対面の白人と学食で昼食をとる羽目になったのかは結局全くわからないので、聞いてみた。
「いや、特に用って程の用事はねーわよ。・・・強いて言うなら、妹に約束をすっぽかされたあんたが暇そうだったからさ、姉として代わりに相手でもしておこうか、なんて気まぐれを起こしてみたっつー話ねー」
 霧恵と比べればきつめの印象だけれど顔立ちは整っているし、何しろ日本人には見えない容姿なので、それが流暢かつ壊れた日本語を使っているのは割と違和感がある。
「・・・それはまた、おせっかいな話だと思いますけど。別に私は暇ではないです」
「そ? 週末だっつーのに予定も無くて、1人でざるそばなんざずるずる食っといてさー。霧恵と同い年なら、まだ受験勉強で忙しいっつー歳でもないだろうし。ま、客観的にはいくらかさびしそうに見えるのだわね」
「1人でもさびしくはないです」
 これは本心だ。
「あー、それは私も同感だけどねー」
 そう言うと錐人は頭をかいた。何を考えているのかはよくわからない。
「つーかさ、どうも誤解があるようだけど、私は別にあんたが嫌いとか気に入らないっつーわけじゃねーのよ。割と屈折してんな、とは思うけど」
 割と余計なお世話だ。
「ま、第一印象で言うなら可愛げはないけどさ、清潔感があって無駄肉ついてないところは悪くないやね。眼鏡ってのもなかなかマニアックだしー。私は霧恵のことはもう無条件に全てを深く愛しているのだけれど、あんたはそうね、性格はまだよく知らないし別に知りたくもないけど、外見は割と好きかも。体だけなら愛してあげてもいいわよん」
「・・・それならむしろ普通に嫌われる方がマシです」
 というか変態かこいつは。
「そう? いやさ、あんな完璧超人みたいにラブリーな妹がそばにいるってのはこの上ないくらい幸せではあるんだけどさ、何しろ妹だから基本的に観賞用なわけよ。私もさすがに妹に欲情するほど変態ではないしねー。でも、たまにはえっちいこととかしたいしさ、手頃なところで浮気とかしてもいっかなーとか思ったんだけど。残念ね」
「よそを当たってください」
 黙っていれば美人とはいえ、「手頃なところ」呼ばわりではおよそ好感を持てるものではないと思う。
 しかし錐人は私には構わず、さらに
「ただ、あんたが妹の隣にいるのを放っといていいものかっつーと、それには、姉としちゃ疑問が無いでもないのよね。つーか疑問があるわけよ。大ありなのだわよ」
 などと失礼なことを言ってきた。客観的に見て私の外見は至って地味な学生なのであり、内面的にも、少なくとも会って15分かそこらでとやかく言われるほどの問題があるとは思いたくない。それに、私はこの奇矯な女が霧恵の姉だということにいささか反感を持っていたのも事実だ。
 しかし自分が無害であるとか表面的には錐人よりはるかに常識的な人間だとか、ここで主張したところであまり意味は無いだろう。なので、
「過保護ってのも、どうかと思いますけど」
 そう返すと、錐人はやれやれ、とため息をつく。
「けどさ、妹が石橋を渡るっつーなら、先回りして叩いておいて、渡るにゃ危険だと思えばそのまま叩き潰しておくのが姉ってもんでしょ。こりゃ義務のレベルね。しかも姉としちゃ妹ってだけでも無条件でかわいいのにさー、霧恵ときたら何しろ一般的にも美少女じゃんか。びしょーじょ。美がつくのよ? こりゃどうしたって心配にもなるっつーもんよ」
 錐人はそんなことを言ってへらへらと笑ってから、急に真顔になって、
「それに・・・面倒だからはっきり言うけど、そもそもあんたってさ、自分がどういう人間なのか、自覚してないわけ?」

 ・・・別に、私は霧恵のことが好きというわけではないのだ。いや、好きか嫌いかでいうなら好きだけれど、そういう意味ではない。いや、そういう意味・・・なのかもしれないけれど、しかしだからといってそれをどうこうするつもりはないし、あの女に口出しをされる筋でもない。
 そんなことを思いながら家に帰る途中に、私は路地裏で『彼女』を見た。
 その灰色の瞳を。


#3

 家に帰るとゆかさんが棚を組み立てていた。
「あら、お帰り」
「ただいま。・・・本棚?」
「そ」

 ゆかさんは現在における私の保護者であり、唯一の家族でもある。細かいことを言うなら血縁もなければ養子縁組をしたわけでもなく戸籍上は他人だし、私には一応いい加減に使っても大学を卒業するまでは何とかなる程度の持ち合わせもあるので(もちろん法的な所有権があるだけで、自分で稼いだわけではない)、客観的には「同居人」あたりが適当なのだろうけど、私としては「家族」だと主張しておきたい。
 私の母親の後輩だったらしいのだけれど、彼女がなぜ私を引き取ることにしたのかはよくわからない。ゆかさんは昔の話をしないし、しない話を自分から訊くのもはばかられる。
 それに、理由や事情はどうあれ彼女が私を育ててくれたのは事実で、私は彼女が今ここにいるだけで充分幸せなのだろうと思うから、やっぱり昔のことはどうでもいい。
 ゆかさんは大学で事務員をしているとかで、入試とかの行事がなければ土曜日は休んでいることが多い。極端な本好きで家の中で本棚が占めるスペースが増える一方なのを除けば、優しいし、しっかりしていて、私が知っている範囲ではたぶん一番素敵な大人だ。本人に言ったことはないけど。
 ただ、本に関してはあまり自制心がきかないようで、気をつけないと本が床に山積みになっていたりする。

「棚作るのなら言っておいてくれれば、手伝ったのに」
「でも予定あったでしょ、霧恵ちゃんと」
「ん、それは流れた。急用とかでさ。で、霧恵の姉貴とかいう人と学食でざるそば食べた」
「ふうん。どんな人だったの?」
「何か、髪が銀色で肌も白かったし、日本人じゃないみたい。あとステッキ持ってた」
「ステッキ?」
「昔の外人が持っていそうな感じ。何かゴツくてつやつやで高そうだったけど」
「まあ、それは・・・面白そうな人ねえ」
ゆかさんは割とあの種の変人に好感を持つ傾向がある。
「そうでもない。だから知ってたらもっと早く帰ったのに・・・」
「いいのよう、別に」
ゆかさんは変な節をつけて言った。
「これだってさ、途中で中に入れる予定の本を読み返したりしなけりゃ、今頃はとっくに組み立て終わってたんだし」
言われてみると、組み立て途中の棚の周りには段ボールがいくつか置かれていて、そのうち1個は蓋が開いていて本が何冊か散らばっている。
「ん・・・まあ、とにかく手伝う」
「なら先に着替えてからでいいよう」
また変な節がついている。

 さっき路地裏で『彼女』を見て、それは何だか現実感がなくて、記憶まであいまいでふわふわしている感じだったのだけれど、家はいつも通りだな、などと着替えながら思った。
 そして本の整理は結局数時間程度ではどうにもならず、とりあえず棚の組み立てと、あと開封されていた段ボールの分の本だけを済ませて、それから風呂に入ってピーマンの肉詰めとかを食べてTVを見たりして寝た。


#4

 週明け以降、同じクラスの根岸佐和子が連続で無断欠席した。友達というほど親しかったわけではなく、そもそもまともに話をしたこともほとんど無いし、そんな同級生が1日や2日休んだくらいでは別に不審に思ったりもしない。けれどそのうちに、佐和子は土曜日から帰宅していないらしい、という噂が流れてきた。土曜の授業には出ていたけれど、放課後以降の足取りがつかめないらしい。
「足取りって・・・何か、事件みたいですね」
「そりゃ事件よ事件、学生が家にも帰らないで学校にも出てこないんだから、もう『みたい』どころじゃなく必要充分に失踪事件よ。むしろ名探偵とかが出てきてもいいくらい」
 私にその噂を吹き込んだのは同級生ではなく、先輩の日月冬夏だった。女性としては大柄で、ついでに身振りも割と大げさな人だ。ほぼ毎日昼休みには図書室にいて、やはりおおむね毎日図書室に通っている私をつかまえては、妙な話題を振ってきたりする。
 私は昼食を食べたらすぐに図書室に行っているのだが、冬夏さんはいつも私より先に図書室に来ている。一度いつ昼食を食べているのか聞いてみたら、「私は霞を食べているの」と言われた。・・・とりあえず、嘘だろうとは思う。
「・・・で、冬夏さん、それがどうかしたんですか?」
「ありゃ、どうかしたんですか、とはね。ずいぶんと淡白な反応じゃないの。でさ、そのいなくなった・・・ねぎま?」
「根岸です」
 冬夏さんは無駄にどうでもいいボケをかます傾向があるけど、なるべくなら突っ込んでほしいという意向のようなので、特に気の利いた返しが思いつかなくても一応拾っておくことにしている。
「ああ、根岸ね根岸。でさ、その根岸とかいう人って、めっちーと同じクラスなんでしょ? だったら何か知ってんじゃないの? 裏事情とか非公然情報とか機密事項とかさ。何かあったらおねーさんにこっそり教えてほしいな」
 めっちーというのは私のことで、でもこれは私の名前とは音が全く一致していない。どうも「め」は眼鏡の「眼」で、私が眼鏡をかけていることに由来する・・・らしいのだが、「ちー」が何なのかは謎だ。
 あと、私が彼女のことを冬夏と下の名前で呼んでいるのは本人の希望で、これも理由はよくわからない。
 そもそも部活や委員会といった接点も何もないのに、たまたま図書室で居合わせたことがあるだけの私を冬夏さんが一方的に話し相手にしてしまった理由もよくわからないのだけれど、別に不快ではないから構わないといえば構わない。
「別に、知りませんよ。只の欠席だと思ってましたし」
「へえ、そなの。変ねえ、もう学校中その話題でモツ鍋なのに」
 鍋? ・・・ニラ?
「・・・えーと、“もちきり”ですか?」
「そそそそ。ううん、ちゃんと突っ込んでもらえてうれしいな。愛してるよめっちー。あいらびゅー」
 冬夏さんは手を伸ばして私の頭をわしゃわしゃとなでた。気恥ずかしいし髪も乱れるけど、ちょっと気持ちいい。
「・・・あー、でも知らないのか。当てが外れたな、どうしよ」
「というか、冬夏さんはどこで聞いたんですか、その話。学年違うじゃないですか」
 そう訊ねると冬夏さんはえへんと胸を張って、
「ちょっと職員室に用があってさ、そこで立ち聞きしたの。どうよ?」
「どうよって・・・それじゃ、もちきりって話は」
「憶測よん。そんなネタがあるなら当然話題になるだろって思ったんだけどさ、その調子じゃまだオフレコみたいね」
「はあ」
「なら、今から情報を集めておくと有利ね。勝ちに行きましょ」
「何が有利で誰に勝つんですか・・・」
 冬夏さんはおおげさに首をかしげて、ペコちゃん人形みたいな不自然な笑顔を浮かべつつ、
「えーと、新聞部とか?」
「無いですよ、うちは新聞部は」
 あと写真部も無い。ちなみに探偵同好会という怪しげな名前の団体はあるけど、これは要するに大学のミス研みたいなもので、自分が探偵をするわけではない・・・はずだ。
「んー、まあ、そういうわけでさ。その根岸ってどんな子だったの」
「そういうわけって、どういうわけですか。・・・普通ですよ。どっちかというと地味な」
 実際、友達でも何でもないのだからよくは知らないけれど、印象に残るほど奇矯な人間ではなかったから、たぶん普通なのだろう、と思う。口数の多い方ではなかったけれど特に孤立していたようでもないし、成績も特に高くも低くもなかったはずだ。
 ・・・そういえば、授業中にぼーっとしていると、たまに目が合うようなことがあった・・・ような気もする。私の席は窓際なので、外でも見ていたのだろう。覚えているのはその程度だ。
「普通、ね。ま、いいけど。・・・とにかく、そういうわけでさ、めっちーは私に無断で失踪したりしないでよ?」
「しませんよ。というか無断じゃなかったらいいんですか? 失踪しても」
「その場合はおねーさんが説得して思いとどまらせるなり、ついて行くなりするよ。二人で愛の逃避行っての? いいじゃん昼ドラみたいで」
「・・・昼ドラみたいな人生って、あんまり憧れませんけど」
「そりゃ私も大筋では嫌だけどね。でも死ぬ前に1回くらいは他人のことをメス豚とか泥棒猫とか売女とか言ってみたくない?」
「みたくないです」

 そして根岸佐和子のことはその後それなりに話題になったものの、尾ひれを付け足すほどの胴体も無い、といった感じだったので、結局大して盛り上がらなかった。
 後で調べてみたら、この時期には地元の他の学校でも何人かの失踪者が出ていたようだし、調べてはいないけれど学生以外の失踪者もあったようなのだけれど、それらの原因に関係があるのかどうかはわからないし、正直あまり知りたいとも思わない。
 ただ、根岸佐和子はいまだに行方不明のままだ。


 

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