魔法使いと猫  (2004.10.11.)

 

 「ちょっと昔の話なんだが、この辺りにわがままな魔法使いが住んでいたそうでね。まがりなりにも魔法が使えたのならそれだけで凡百の人間とは一線を画しているというものだけれど、それにしては名前や業績や何かよりも『わがまま』って属性の方が後に伝わってるというのはずいぶんな話だね。まあ、実際性格が悪かったか、性格に問題がないにしても間が悪いか何かで、のべつまわりに迷惑をかけたりしていたんだろうさ。よくある話だろう? 私の師匠の兄弟子の娘さんという人もそんな感じだね。かわいい人ではあるのだけれど、どうも常に自分には今の状態よりも似合う髪形があると確信しているらしくてね、顔をあわせるといつも髪型の話ばかりだよ。私はどちらかといわなくても髪型には関心が薄いし、知識はそれ以上に薄いからね。私とそのテーマについて語ったところでどちらにも得るものはないと思うのだけれど。ああ、その彼女は迷惑かどうかはともかく別に性格も間も悪くないのではないか、と君は思うのかい? それは果たしてその通りだろう。しかし私はこういうときに適当なたとえ話を用意できるほど大きな引出しを持っていないものでね。ああ、それにしてもいくらか話がそれたね。魔法使い、そう、その話だ。この魔法使いには一応友達がいたらしい。何人いたのかは知らないがその友達の一人、あるいは一人の友達はある日この魔法使いにほとほと愛想を尽かしたということだ。昼ご飯に食べるつもりだったベーグルを横取りでもされたのかもしれないな。あれにスモークサーモンやクリームチーズでも挟んでいただくとなかなか乙なものだからね。ああそうそう、いつか君が私のプリンを勝手に食べたことを私はまだ覚えているよ。いや、もう怒ったり恨んだりはしていない。ただ、私はそのことをいつまでも忘れはしないから、君にもそのつもりでいて欲しいということさ。うん? また話がそれているって? どうもこの場合は君が自分に都合の悪い話題を避けようとしているように、私などには思えるのだが、何しろ話がそれていること自体は事実だし、それに私は常に寛大でありたいと願っている人物だから、それはつまり今の私には寛大さが足りないという自己評価の結果でもあるのだけれど、ここは話題を戻すとしよう。今年のカボチャの作付けの話だったかい。違う? 魔法使い? ああそうだ、その友達が愛想を尽かして魔法使いにこう言ったそうだ。『もう君にはほとほと呆れ果てたよ。君と私が動物として同じ種類であることにすら私は耐えられそうにない。君が自分を人だと言うのなら私は犬か猫にでもなった方がまだましというものだ』とね。ああ、もちろんその友達の発言が記録されて法廷で証言されたなどということはなく、あくまで口伝だからね、細部のディティールは正確でないだろうけど、ここで問題なのは『犬か猫にでもなった方がまだまし』というくだりさ。ここにその魔法使いは腹を立てて、何でもその友達に魔法をかけて本当に猫に変えてしまったというんだよ。そんな理由で魔法を使うのだからやはりわがままと言われても仕方ないけれど、しかしたまたまその日は機嫌が悪かっただけなのかもしれないさ。私だって君がプリンを食べたあの日に魔法が使えたなら、君をくたくたべっかんこスターあたりに変えてしまうにもやぶさかではないね。何、君はあの、くたくたべっかんこスターを知らないというのかい?それは人生の損失というものだ。勉強したまえ。ああ? また話がそれている、と。なら君とプリンの件についてはまた今度話をさせてもらうよ。何しろ私と君には常識的な範囲で見積もってもまだ数十年の時間があるからね。この先死ぬまでに何度君にプリンの話をできるかと思うと人生も悪いものではないと思えるよ。え? プリンの話はもういいから魔法使いの話の続きに戻れ? ああ悪い悪い。じゃあ楽しみは先にとっておくとして、その続きの話だけれど、私の師匠のそのまた師匠という人がいて、私自身は直接面識は無いんだが、師匠の師匠はその猫にされたという人に会ったことがあるらしくてね。結局死ぬまで猫だったと聞いているけれど、その人だった猫は師匠の師匠に、自分が猫にされた顛末を話した後で、最後にこう言ったそうだよ。『最初は面食らったし困りもしたけれど、しかし慣れてしまえば猫も悪くない。むしろ人のままでいるよりも良かったと今では思っているよ』。ところで私はこの話を最初に聞いたときにこう思ったよ。『猫というのは自分で自分の肉球を触っても気持ちいいと思えるものなのだろうか』とね。もしあの感触を楽しめないのなら私は死んでも猫にだけはなりたくないな、絶対に」




 

補足あとがき 

 って、別に書くことないよなあ。とかいきなり核心を突いてみましたが。例によって枝葉ばかり多い文章です。
 ちなみに私はベーグルを食べたことも肉球に触ったこともないです。

 

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