洗濯機 (01.11.25.)

 実家には誰もいなかったけど、いないのは知っていたから当然驚かない。先々やっておいた方がよさそうなことはいくらでも思いつくけど、別に今日始める必要はないだろうと思う。
 とりあえずシャワーでも浴びようかと思った。実家の浴室は手前に洗面台やらの施設された小部屋があり入浴の際にはそこを脱衣場として使用するという一般的な構造になっていてあえて説明する間でもないようにも感じるけど、例えばワンルームのアパートだったりすると浴室の外がいきなり玄関だったり台所だったりもする訳である。
 で、これも一般的というか当然というか、その小部屋には洗面台の他に洗濯機が1台鎮座していた。全自動機能付きで洗濯槽と脱水槽が一体型で操作パネルにデジタル表示が使われていたりする、30年前ならそもそも何なのか多少困惑するかもしれないけど今現在においては至って一般的な、ありふれた洗濯機だ。
 そして僕はそのフタを開けてみた。知らないうちに洗濯機の中がカビだらけになっていて使用に支障を来たすなどというのはあまり望ましい事態とは言えないし、フタを開けたことを後悔するような事態、例えば洗濯機の中にスズメバチの巣があって蜂が一斉に僕に襲い掛かって来るだとかアラブの魔神が300年ばかし閉じ込められたまま放置されていて自分を解放した人間を食べてしまおうなどと世を呪っていただとかフタの動きに連動して天井から金ダライが降ってくるだとか、そういう事態はまあ有り得ないだろう。だからフタを開けると、

 何だか黒っぽいものが見えた。・・・多分、人の頭だ。
 死体だの生首だのにしてはそういう匂いはしないし(そういう匂いが具体的にどういう匂いなのかはあいにく経験が無いけど、いわゆる異臭がする筈だと思う)、かと言って生きている人間がすっぽり収まるだけの空間的余裕が洗濯機にあるとは思えない(外装だけ残して中身を全部くりぬいてしまえば充分収まるだろうけど、そんな形跡もなかった)。とするとマネキン・・・には毛はないよな。普通。じゃあカツラの類かもしれないけど、何であれ普通は洗濯機の中に入れておくような物ではない。
 といった思考を数秒かそこらの間にして、僕は結局混乱した訳だけれど、ふと下の方で小さく声がした。あまり明瞭な言葉ではなく、文字表記すると「んぁあ?」みたいなうめき声。
 視点を洗濯機の開口部に戻すと、細い腕が2本生えていた。ついで頭がにょきっと顔を出す、というのは変な文章だけど、そういう事象が起こった。見た感じは10代の女の子。無論死体でもマネキンでもないし、多分アラブの魔神でもないと思う。
 「あ、どもっす。うぃーす。おハロー」
 挨拶らしきことをその頭は口にし、ついで両手が洗濯機のへりをつかむと、今度はにゅるんと胴体が生えてきて、最後に足を開口部の上まで持ち上げてから、
 「よっ」
と言いざま腕を伸ばして体を跳ね上げ、しゅたっと僕の直近前方に着地した。両腕を45度くらい上に伸ばして体操の演技が終わったときみたいなポーズをしている。
 どうもこの人(正体は不明だけど人と認識するしかないだろう)は体操着のようなものを着ていて胸には何か書かれたゼッケンのようなものがみえたけれど、何しろこの部屋は狭くてしかも僕の顔の正面20センチ未満程度の位置にその人の顔があって僕をまじまじと見ているというような塩梅だった訳だから、僕の眼の位置からではゼッケンを読み取ることはできないし、ついでに身動きも取れない。というかこの状況であっけに取られず冷静に行動できる人がいたら会って・・・みたくない。そういう人とはあまりお友達になりたくない。
 その体操着の人は例の体操的ポーズのまま僕を10秒程度眺めてから(体感としては1分くらいだったけど、割り引いてみた)、実に唐突かつきっぱり決然と、
 「とりあえず食事にしましょお。ままま、積もる話もありやしょうが、立ち話ってえのも何ですからな」
と、後半は落語か時代劇の台詞のような感じに発音して、そのままぺたぺたと素足で台所の方に行ってしまった。僕はしばらく放心してから慌てて洗濯機の開口部を隅々まで見渡してみたけど、やっぱり人間1人収まるだけの容積は絶対に、いや小学生くらいなら押し込めば入るかもしれないけどとりあえずさっき出てきた体操着の人が入るのには無理があるように見えた。

 

補足あとがき

 11月11日(ゾロ目)に一気に書きました。不条理系っす。

 あきらかに説明不足なのはわざとやってるんでシクヨロ、とか。

 つーかねえ、現状ではちゃんと娯楽作品として機能する文章はちょっと書けないっぽいというのを改めて痛感なんかしちゃった挙句に開き直るってのはどうよ?

 でも書いてる本人はこれで意外と楽しかったんで個人ホムペにアップする文章としてはいいんじゃないの、とかそういう姿勢はいかんだろ、とか。

 

メニューに戻る

inserted by FC2 system