ベランダ天使  (04.04.04.)

 

  さっきまでTVを見ながらけたけた笑っていた(その番組が遠目で見るにバラエティとかじゃなくて討論番組っぽいのがいくぶん不可解なのだが)サカサキサチコが唐突に、
「あー、何か誰かいるよ外に」
 などと言い出した。夜中の1時か2時くらいのことだったと思う。
「外ってどこよ。ベランダ?」
 私の部屋は3階で、なおかつサカサキは酔っている筈なので(サカサキはかなり酒に強いうえに酔っても顔に出にくいけど、本日の、というか昨日の夜から今日の未明にかけての酒量から判断するに素面ではありえないだろう)、これはまずサカサキの勘違いだろう。
 しかしもし本当にベランダに人がいるならそれは変質者か、でなければ泥棒だろうから、それは対処が面倒臭いし第一ちょっと怖いなあ。などということを考えていると、
「んー、何かベランダの外みたい」
 などと画期的なことを言ってきたのでこれは確実に酔ってやがるなこいつ、と思いつつ窓を見ると外には実際人がいた。10代くらいの女の子に見える。エルキュール=ポワロ(たまにNHKで土日の午後とかに放送してる海外製作のドラマ版の方)みたいな黒帽子を被っていて、胸あたりから下はベランダの柵に隠れているのでつまりベランダの外に立っているのだろう。・・・ってベランダの外側には足場がないですよ?
「うわ何あれ」
「人じゃないのお?」
「いやでも外だし」
「そりゃ外でしょ。いきなり部屋の中にいたらプレデターだよ」
 いや、プレデターは光学迷彩は使えても壁抜けはできないはず・・・じゃなくて、
「部屋じゃなくてベランダの外だっつの」
 何でこんな古典落語みたいに遠回りなボケにいちいち突っ込まねばならんのか。とわが身の不幸を感じるのだが、サカサキはそんなことには構わずに、
「てかさー、何か用でもあんじゃないのー? 何か言ってるっぽいよ」
 などと呑気に窓の方を指すので、窓の外をよく見ると、
「○○○○○○」
 口をぱくぱくさせているようだけど、窓を閉めているのでよく聞こえない。
「聞いてあげなよー。外寒そうだしさー」
「いやでも誰だかわからないし・・・」
「だからそれも訊けばいいじゃん」
 ・・・この女には危機感とか警戒心とかそういうものはないのか、とか思ったけど、酔っ払いにそんなものを期待しても無駄というものだろう(サカサキの場合は素面でも割とこんななんだが)。ただ、私としてもベランダの外側で平然としている少女が何者なのかという点に関しては興味が無いでもない。
 というか、こんな不可解な存在を放置したままという状況の方がむしろ不安で落ち着かない。
 ・・・しかし、
「何であんたは傍観者ってんのよ。サカサキが訊いてもいいじゃない」
「そりゃまあ私はゲストですから。来客の対応は所帯主にお任せするよう」
「はあ」
 何か筋は通ってるような気がしないでもないというか、違うにしてもあきらめた方が早いようだ。変な奴だとはっきりしている相手よりは、何者だか不確定な相手の方がまだ対処しやすいような気もする。
 ので、意を決して窓を開けてみた。
「あの、どちらさまで・・・」
「ああこれはどうもです。何か中に声聞こえてないっぽかったのすけどなにぶん夜中ですから大声出せないのですし。極地あたりではないにしろこの辺の冬もずいぶん寒いのすね」
 実際近くで見るとあきらかに浮かんでいるその女の子は、まるで屈託の無い感じでこちらの発言を上書きして畳み掛けるように喋ってくれるので、私はやはりサカサキを説得する方がマシだったかもしれない、と少し後悔した。
「あーところでな、申し訳ないのすけど中入らせてもらってもよろしいか。こう寒いと浮かんでるだけでも消耗するのです。それに私どもは住人のお招きがないと中に入ってはいけない規定なのな」
「いや、あの・・・」
「あ、そういえば質問されてたなあなた。私がどちらさまかとか。やはりお招きを受けるにはまず名乗るのが道義というものな」
 いや、誰もお招きするとか言ってねえし。
「私は天使なのす。天使。本日はあなたがたの願い事を何でもいっこだけ叶えてあげるとかいう趣旨のご奉仕キャンペーンなのっす」
 彼女が実際に空中に浮かんでるのでなければ「まだ若いのにかわいそうだな」などと思いそうな感じにぶっ飛んだことをきっぱりと言ってのけられ、呆然とした私は思わず
「女の子が無闇にご奉仕とか言っちゃ駄目だ」
 とか妙なことを口走ってしまった。あと、招かれないと他人の家に入れないのは天使じゃなくて吸血鬼だったような気がする。


 その日は私の部屋が酒盛りだった。助詞の使い方がおかしいような気もするが、ニュアンスとしては実際そういう状況だった。
 面子は私の他に同級生のサカサキサチコと、あとクモスケという男(本名ではなく渾名だけど、どうしてこう呼ばれるようになったのかは知らない)がいた。本当はもうひとりシゲさんという男がいて、こいつは同級生に「シゲさんってどんな奴?」と聞いたら10人中8人くらいはまず「んー、とりあえず老け顔だね」とか答えそうな、実際髪が薄いとかシワが多いとかいうわけでもないのに何となく30代半ばの市役所職員で小学生の子供がいます。とか言われてもおかしくなさそうだな、という容貌と、その容貌と比べればずいぶんパンチに欠ける常識的で良識的な人格の持ち主なのだが、そのシゲさんは12時前くらいに「ゆかちーが待っているから帰らなければ」とか言いつつ早退している。このゆかちーという名前は彼の発言にたまに出てきて、前後の文脈からするに女の子だと推定するのが妥当なセンだと思われるが、少なくとも私の知っている範囲ではゆかちーなる人物に会ったことのある人間はいない。というか、そもそも人間なのかどうかもわからないし、実在しない可能性だってなくもないけど、まあ今回の話には関係ない。ならこんなに長々とそんな話をするなと思うかもしれないが、どうせ本題だって与太話だ。

 不在だったシゲさんよりは重要度が高い残りの2人だが、こいつらは一言で言うと酔っ払いだった。サカサキは前述のように酒に強く、具体的に言うとその気になればウイスキーの大きい方のガラス瓶くらい1晩で軽くクリアできる程度で(限界に挑戦するとどこまで行けるのかは不明だし、本人にもわからないらしい。ただ、私は彼女がつぶれたり吐いたりしているのを見たことはない)、酒量も普段からそれなりに多い(もっとも1人のときは飲まないらしいが)。一方クモスケは決して酒に強い訳ではないのだが飲み会においてはあまりペース配分とか考えないもんだから、今日に限らず日付けが変わる前後には泥酔して寝てることが多い。最初は学習能力の無い男だと思っていたけど、どうもこいつは「つぶれるのが好き」なのかもしれない。
 ちなみに私はアルコールへの耐性はクモスケと大差無いけど、あまり量は飲まないので中途半端に素面だ。

 そしてそこにやってきた自称天使の人と私とサカサキの3人が、鍋(近所のスーパーで特売だった食材を定見なくぞんざいにぶち込んで雑に煮た代物だけど、煮込んでしまえば大抵のものは食べられるもんである)とか練り物とか乾き物の残り物とかガラス瓶とかペットボトルとかの載ったテーブルを囲んで座っている、という絵面が展開するに至っている。クモスケも起きてはいるようだけど起き上がってはいない。
 天使の人は例のポワロ帽子の他に黒いコートを着ていたけどそれは脱いでいて、白いセーターとキュロットに黒い厚手のタイツという全体にモノクロないでたちで、見た感じはやはり高校生くらい。いや中学生かもしれないけど。私も数年前までは高校生だったわけだけど、なにぶん地方というか田舎というか僻地出身なもので、市街地の高校生というのは私の認識より大人っぽいのかもしれないし。
 いや、高校生の外見年齢の話はどうでもいいんだ、今は。というか天使だったら年齢とか職業とかあまり関係ない感じだろうし。
 割と小柄で細っこくて顔は素材勝ち系。髪とか肌とかきれいで割とうらやましい。髪や眼は普通に黒いので東洋人に見えなくもないけど、微妙に国籍不明といった容貌をしている。いや天使には国籍もないだろうけど。
 でも羽根とか輪っかは付いていない。
「ところでさー、天使ちゃんには名前ないの? ほら、よくあるじゃん。ミカエルとかウリエルとかラブやんとか」
 最後のは少し違うと思った。
「んー、私どもは互いを認識するのに固有名を必要とはしないのな。だから普通は名前無いのす。名前がついてるのは主に人間の方で区別するためだと思うです」
「へー、そーなの。ところで願い事がどうしたとか」
「あ、それ本題な。さきほども申し上げたように弊社では現在キャンペーン中なので無作為に選んだあなたがたに願い事をもれなく1個ずつ叶えてみる感じなのす」
 弊社って、会社なのかよ天使は。とか思ってると、
「何それ本当かよ」
 いきなり酔っ払い2号が起き上がった。
「本当だぞ。光栄に思っていただいてもよろしいのす」
「あははは、天使ちゃん敬語が変―」
 サカサキは一向にマイペースだけど、クモスケは混乱しているのか酔っているのか、天使の人が天使だという前提条件を疑いもせず、
「じゃ、じゃあ願い事を100個にっ」
 などと実にベタなことを言ってくれて、
「あーそういうの駄目な。願い事が1個なのは確定事項なのす。第一あなたそういう裏技みたいなの使おうとするの感心しないです」
 天使の人にたしなめられていた。

「そゆ訳で、ささと願い事言って下さい。んー、そこの男性はどうですか願い事」
「男性って俺のことか」
「そうな。男性気に入らないなら好きなように呼び名を指定するといいのす」
「そっか・・・」
 クモスケはしばらく考え込んでいたが、真顔でこっちを見て、
「なあ、『旦那様』と『ご主人様』だったらどっちがいいかな」
 などと最高に馬鹿野郎なことを至って真顔で質問する。
「何言ってやがるこの酔っ払い」
「あははは、クモスケってばすけべー」
 そう言うサカサキの方を見ると、彼女はいつの間にか冷蔵庫から牛乳を持ち出してウイスキーを割って飲んでいる。・・・あれ飲みやすいから悪酔いするんだが。というかまだ飲み足りないのか。
「いや、やっぱりこう男のロマンだろ、美少女をはべらかしてかしずかれるっていうのは。そりゃまあ流石に『おにいちゃん』はちょっと抵抗あるけどな。いやでもそれも捨てがたいか。むしろこの機会にソレを試してみるのも」
「お前妹萌えだったのかよ?」
「いやまあ妹じゃなくてもいいというかむしろ本物の妹は却下だがな。だからこの、年下の美少女に無条件に懐かれるってシチュエーションが辛抱たまらんっつうか。わかんないかな」
 わからねえよ。
「・・・ところでその、美少女いうのは私のことかな」
 放置されていた天使の人が発言した。
「そりゃもう。こいつらどうしたって少女じゃないし、美の方もあやしいもんだべ」
「そうなのか。てひてひ」
 何かよくわからないけど一応照れているらしい天使の人(あまり認めたくないのだが、美少女というのは何をやってもそれなりにかわいいようだ)を横目に、とりあえず私は床に転がっていた空のペットボトルをクモスケの顔に投げつけておいた。
「あ痛。何しやがる手前」
「次はガラス瓶投げるぞこら」
「んで、結局すけべの人は願い事どうするのな」
 旦那様とかご主人様とかはやんわりと却下されたようです。それにしても『すけべの人』って・・・。
「何でもいいのか?」
「それは基本的に何でもありのバーリトゥードですがあんまし無茶言うの駄目な」
「それじゃいいのか駄目なのかわかんないよう、あはは」
「んー、だから・・・無茶じゃなきゃいいのす」
 あっさりと説明を放棄した。
「そゆことで、すけべの人どうぞ」
 いくらクモスケとはいえすけべすけべ言うのもちょっとあんまりだと思ったけど、
「じゃあ、やらして」
 などと言いやがったのでこいつはやはりすけべで充分だと思った。
「何言い出すかこのエロガッパ! つかお前これは犯罪だろうがどう見たって」
「でも天使なんだから実年齢は見た目より上だろ、多分」
 半端に冷静だ。こいつ本気なのか。
「ん? 何をやるのな。主語とか目的語とか省くのよくないね」
「いやだから、やらして」
「あはは、クモスケってばえろえろー」
「んー、・・・あーあーあーあー、すけべの人はえろえろがご希望か」
「うん。俺はえろえろがご希望です」
 真顔で答えるクモスケ(親御さんはこの姿を見たらどう思うだろうか)の顔を、天使の人はにこにこと笑顔を浮かべつつしばらく見つめてから(なにしろ美少女なので笑顔も相当な破壊力だと思われる)、
「却下です」
 笑顔を崩さずにきっぱりとそう言った。
「うー・・・傷つくなあ」
「だからそういう差し障りのある願い事はよくないな。もっと物品とか単純なのが良いですぞ。その方が当方としてもらくちんなのす」
「じゃあアレがいいな、モザイクノン」
「またエロネタかよ!」
 何て突っ込み甲斐のある馬鹿野郎だ。
「うっせえ馬鹿、手前に男のロマンがわかってたまるか!」
「いや実際わかんないし! つかあんなもん1万円もあれば通販で買えるでしょ。そんなもん天使に頼むかよ普通!」
「普通じゃねえんだよ俺は!」
 割とアレなことを熱く叫ぶクモスケを横目に、相変わらずなサカサキは
「ねえ、あれって1万円なの?」
 などと疑問を述べる。
「適当だけどそんなもんでしょ」
「いや14800円くらいすんじゃねえのか」
 とか言ってると、
「じゃあえろえろの人はそのモザイクノンとかいうのでいいのな?」
 いい加減面倒臭くなってきたらしく、天使の人は結論に持っていこうとした。
「おっけー」
「よし。受理しました。なかなか良い願い事をしましたな」
「・・・本当にそう思ってる?」
「はいな。それがどういうものかは存じ上げませんが、通販で扱ってるものなら当方としても仕事が楽で良いのす」
「っていうかさー、天使ちゃんのそれって仕事なの?」
「仕事の定義にもよるですね」
「・・・いやそれより今くれるんじゃないのかモザイクノン」
 さっきよりは落ち着いたというかちょっと目が据わってる感じでクモスケが言う。
「手持ちがありませんのでな。しかし通販で買えるものでしたら、責任を持って後日必ず送付されるように手配するのす。任せんしゃい」
 天使の人は胸を張った。

「じゃ、ささと次行くです次、そっちのさっきから酒飲んでる人はどうです」
 私がなし崩しに漫才をやっている間も、サカサキは牛乳割りを飲み続けていたようだ。
「私はサカサキサチコっていうのよう。まあ気楽に寿限無寿限無五却のすリきれず海砂利水魚の、とか呼んでくれてもいいけど」
「長くてあまり気楽に呼べないのなそれ。じゃあサチコさんは願い事決まってるですか」
「んー、そうだね。最近旅行に行ってないしー、ハワイとか行きたいなハワイ」
「はわい・・・? それは羽合温泉のことですか?」
 定番のボケですか。
「違うよう」
「じゃあ・・・常磐ハワイアンセンター?」
 ちなみに1990年に『常磐ハワイアンセンター』から『スパリゾートハワイアンズ』に改名しています。補足トリビアでした。・・・って、何言ってるんだろうか私は。
「ハワイはアメリカのハワイだってば」
「あーあーあーあー。合衆国ですか。いや申し訳ない。私は現在は極東方面を担当しておりましてな、そっちの方の地理にはうといのす」
 マジボケだったのか。というか地理にうといとかいう問題ではないと思う。
「えっハワイってアメリカなのかよ!」
 うわこっちにも馬鹿がいやがる。
「アメリカだよう。地続きじゃないけど」
「じゃあメキシコもアメリカか?」
「メキシコはメキシコだこの大馬鹿エロガッパ!」
「うるせえ黙れこの年増」
「なっ、手前もタメだろうがセクハラ魔王!」
「・・・まあまあ、セクハラガッパの人も年増の人も喧嘩はよくないのすよ」
 仲裁するつもりなのか、天使の人がナチュラルに失礼なことを言うので
「カッパじゃねえ!」
「年増じゃないし!」
 発言がかぶってしまった。
「まあ、その辺はいいからさー、実際のところどうなの? 天使ちゃん。私をハワイに行かせてくれるわけ? それともできないの?」
 サカサキはさらっと私たちを無視しつつ、顔は笑顔だけど微妙に笑ってない眼をして質問というか詰問した。この人も割と本気のようだ。
「はいな。その辺はどーんと大船に・・・あ、ハワイってどの辺にあるんでしたですか」
「どの辺っていうか・・・まあ、太平洋の真ん中くらいですね」
「じゃあ大船じゃなくて飛行機の方が経済的な。うい、了解です。その辺も後日手配しとくのす」
 ・・・結局後日なのか。

「さーて、お待たせしましたな。最後は年増・・・」
「泣かすぞ」
「うあー、怒んないでほしいのす。・・・とにかく願い事をどうぞ」
「じゃあ、その帽子ちょうだい」
「ひえ?」
 さすが美少女は妙な声を出しても一応かわいいけど、こちらとしては容赦はしない。
「え? あ? 帽子なのすか? モザイクノンとかハワイでもいいのですよ?」
 いや、ハワイはともかくモザイクノンはビタイチ欲しくない。
「そ。帽子。それちょうだい。今すぐ」
「こんなのでいいのすか? 勿体無くないか?」
「いや別にこの際シナモンロールでも松葉蟹でもいいんだけどさ、とにかく後日じゃなく今すぐこの場で欲しいのよ私は」
「・・・それは、まあ、カニとかモザイクノンとかは持ち合わせがないのすが・・・」
 この人はモザイクノンにこだわりでもあるのか。
「ちょっとー、あんまし天使ちゃんいじめちゃ駄目だよ、お姉さんなんだから」
「そだぞ、年増年増言われたからって根に持ってんじゃねうぎゃあ」
 ガラス瓶を投げつけて差し上げた。
「ちいっ。割れなかったか」
「『ちい』とか言って、シャアみたいだねー」
 クモスケはぶっ倒れてひくひくしていたけど、私もサカサキもその辺は無視しておくことにした。
「・・・どして今すぐじゃないと駄目なのかな?」
 天使の人もクモスケのことは流しつつ、おずおずと尋ねる。
「んー、まあその、色々とあるんだけど。簡潔に言うと後日って信用できない」
「うっわー、シビアだねー。ミナミの帝王みたい」
「誰が竹内力か」
「違うよー、原作の方」
「どっちにしてもおっさんやん!」
「Vシネだったら私はミナミより岸和田の方が無茶で好きかなー」
「話聞けよ」
「だって竹内力が高校生の役なんだよ? もう40なのに」
「だから話を・・・へ?」
 いつの間にかサカサキは目を閉じて寝息を立てていた。早っ。というかさっきのは寝言だったのか?
「・・・あの、よろしいですか? ミナミさん」
「いやだから違うし」
「とにかくあなたはこの帽子が欲しい、ということで構わないのですか?」
「んー・・・」
 外野が沈黙したせいか多少冷静になったようで、これはちょっと大人気なかったかという気もしてきた。
「いえ、私それは勿体無くないかと思っただけな? これ気に入ったんならあげるですよ。ただ、できれば大切にして欲しいな」
「・・・うん、そうする」
「じゃ、これは今からあなたのものな」
そう言うと天使の人は帽子を脱いで私の頭に乗せた。
「ありがと」
「仕事ですから礼には及ばないな。ん、でもまあ、今日は色々とにぎやかで楽しかったのすよ」
「そりゃどうも。何ならまた来てくれてもいいよ。願い事とかなくても」
「んー・・・都合ついたらな。弊社も色々とややこしいので。でも、ありがとです。うれしいのすよ。・・・んでは、この辺でおいとまするのす」
 そう言うと天使の人は窓から外に出て、ベランダを乗り越えると何も無い空中をすたすたと歩いて行った。


 話はこれでおおむね終わりなんだけど、一応その後の顛末も軽く書いておこう。蛇足という奴だけど。

 それとなく探りを入れてみた(この表現を使う機会はありそうであまり無い気がする)ところ、クモスケもサカサキもこの日のことは全然さっぱり覚えていないようだった。酒のせいだろう。・・・多分。
 ただし2人とも、一応希望はかなっている。でもサカサキの場合は親類から旅行券をもらったとかで、合衆国の方ではなく鳥取県の羽合に行ったそうだ。まあ本人は「やっぱり温泉はいいよう、今度一緒に行こうよ」とか言ってたので別に満足していたようだけど。
 クモスケの方はちゃんとモザイクノンが自宅に届いたようだが、「ちっくしょ何だよアレ手前の眼を薄目にして見た方がまだ見えるじゃねえか」とか言っていたので比較的満足していないようだ。ただ、「今度はアレだよ、何か画像処理してモザイク解除できる機械とかあるらしいし。それ買うぞ。負けっぱなしで終わりにする俺ではないのだふはははは」とも言っていたのであまり懲りていないというか、やっぱり学習能力低くないかこいつ。

 サカサキの場合は旅行券を貰っただけでこれは偶然だろうし、クモスケにしたところで「酔った勢いで自分で通販を注文して、そのまま忘れていた」という可能性もあるだろう。
 まあ、どのみち2人とも天使の人のことを忘れているので、そもそも本人には願い事がかなったという自覚も全く無いんだけど。

 天使の人は最初からいなかったのか、それとも自分の痕跡を消していったのかは、私にはわからない。


 ただ、私は今でもあの黒帽子を持っているし、
「あー今日はシナモンロール持ってきたのす。甘くて甘くて舌が溶けるぞ」
 などと言いつつ私の部屋に窓から入ってくる知り合いが1人できていて、私としてはそろそろ知り合いから友達に認識を変えてもいい頃合いだと思っている今日この頃なんだけどさ。どうなのかな。




 

補足あとがき

 原形は数年前に書いた・・・って最近こんなのばっかしですが、寝かしてるうちにHDの破損で原文がロストしてしまったのでこの文章自体はイチから書き直してます。原稿用紙換算で20枚越えてますが、まあ枝葉が多いわけですが、むしろ枝葉が本題みたいなもんでしたり・・・。
 ところで天使の人と洗濯機さんはキャラかぶってますかね。

 ちなみにモザイクノンが今でも売ってるものなのかどうかは不明です。

 

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