茶筒  (03.11.01.)

 

 

 夢を見た。
 というのはつまり「将来は野球選手になりたいです。」とか「いつかはメジャーデビューしてみせるぞう」とかそういうのではなく、眠っている間に、その、あー、・・・夢というのも定義するのは案外難しいもので、とにかく寝てるときに見る方の夢だ。論理的にはこれじゃ定義として使い物にならないけど、別に論文書こうという訳でもないし。

 夢の中で何故か僕は『駒方どぜう』の渋谷店にいて、ランチメニューの(つまり、安い方ということだけど。ちなみに僕はあそこに夜行ったことはまだない)どぜう鍋(柳川の溶き卵がなくて、ドジョウの頭と背骨が外してない状態のもの。為念)に葱を無闇にぶちまけて食べていて、ああこれは後で口が葱臭くなって自分でも嫌になるだろうなあ、とか思っていた(実際にはその「後」になる前に目が覚めたから、それは杞憂だったんだけど)。
 そして僕の向かいにはスキンヘッドのゲージツ家であるところの篠原氏が何故か鎮座してやはりどぜう鍋を食べていた。僕はその時点においてそれを夢だと認識できていなかったから、何故僕はゲージツ家と相席して食事をしているのだろうかと疑問に思ってはいた。
 けれども僕はその疑問を解決せずにどぜう鍋と付属のどぜう汁とあとご飯2杯を完食し、ほぼ同時に篠原氏も食事を終えたようだった。そして氏は
 「あんたの家の庭の紅葉の根元にウェスポンが埋まってるからな」
と、何故か吉本新喜劇の島木譲二氏の声で言い、去って行った。


 そこから後は記憶に無い。


 目が覚めた僕はとりあえずその夢を反芻し、そして
 「どうやら僕は篠原氏と島木氏をスキンヘッドつながりで混同していたらしい」
 という結論を出してそれ以上考えるのはやめた。『ウェスポン』といったら確かTIMのレッド氏がちょっと前に使ってたネタな訳であるからどっちのスキンヘッド氏ともつながらないという謎は残るけど、夢に論理性を求めるのも無粋というものだろう。そうだろうか。

 そして僕は、最初に会ったときの経緯は相当に不可解だったけどその後はただの変人の居候っぽい様相を呈している洗濯機さんと共に朝食を準備して食べた。僕は比較的ものぐさで早起きよりは惰眠を好みパンよりもご飯を好む人格で(その程度の傾向を人格と形容するのはどうかと思う)、洗濯機さんは圧倒的にものぐさで人生における目的の中に惰眠が含まれていそうでお腹が膨れればパンでもチーズケーキでも何でもいいという雰囲気なので、朝食はおおむねタイマー機能付き炊飯器で炊いたご飯に納豆もしくは生卵を中核とし、後は前日の夕食の残りか何かで適当に補うという構成にしていて、その日は納豆と前の晩に食べたホウレンソウの煮びたしの残りと瓶詰め各種という献立だった。
 で、特に急いでもいなかったので、ホウレンソウなどもそもそ食べながら何となくその夢の話をしてみた。洗濯機さんは基本的に何を話しても頓狂で予想外なリアクションしかしないので、話題は重要性の薄いものの方が精神衛生上好ましい。
 「ええええっ、ウィッシュボンが埋まってるんですかああ」
 話の終わり近くになって、相槌モードだった(洗濯機さんはとりあえず見た目には話を熱心に聞いているように見えるけど、その後のリアクションからして話を理解しているのかどうか疑わしく思える事例も多い)洗濯機さんは唐突に声をひっくり返した。というか誰だよウィッシュボンって。
 「いやだからウェスポンだし、大体夢なん・・・」
 「たたた大変ですぜご隠居、庭にウェンズデーが埋まってるとは一大事っす」
 何をどうすれば地中に水曜日を埋められるというのか。というか誰がご隠居か。
 「こりゃあ五臓六腑が朝三暮四で海千山千」
 とか訳のわからないことをまくし立ててから、唐突に素に戻って(といっても洗濯機さんの素というのが既に世間一般の素を「東京から名古屋に行こうとしたら何故かマダガスカル島に着いた」くらいに逸脱しているけど)、
 「ねねねね、掘ろうよ庭。その、もんじゅの根元の辺」
 などと、学校の中庭で弁当を食べているときに通りがかった猫のような眼をしてのたまわった。紅葉だってのに。というか増殖炉の根元なんか掘り起こしたらかなり多角的に大変な事態を招きそうな気がする。

 僕は実際その日はかなり暇だったし、放っておいても洗濯機さんは庭を掘り返して回るだろうから、僕は食後に庭を掘ってみることにした。不確定要素は野放しにするより手元に置いておいた方が安全だという理屈だけど、それってつまり対症療法で抜本的な解決にはならないよね、とか思わないでもない。
 しかし僕の家は土建屋でも庭師でも山師でもないし、穴を掘る趣味もないので(そんな趣味はドワーフとかディグダグとか地底怪獣テレスドンくらいしか持っていないと思う)、大きくて柄の端に三角形の握りが付いてるようなシャベルとかがある訳もなく、穴を掘るのに使えそうなのは庭のすみっこに放置されていた移植ごてとかスコップとかに分類されるハンディな大きさのものしかなくて、しかもかなり錆びていた。結構肉厚のある鉄板を使っているようだし、使ってて折れたりはしないだろうけど。
 ついでに言っておくと僕の家の庭というのはかなり狭い。というか半分以上は本来駐車スペースとしての利用を想定していたけど車がないから結果的に庭に含まれていていてプランターとかが置いてあったりするという構成なので、つまり本来の庭としてのスペースは車を一台停められない程度の広さしかなく(車といっても色々だし、チョロQの電気自動車くらいなら納まるだろうけど)、紅葉とあと名前を知らない小さめの木が1本生えている以外は雑草が自由放任スタイルで生育しているという、まあ自然といえば自然な感じではある。

 けれどスコップで地面を多少ほじくってみたところで海賊の財宝だの先文明の遺産だの徳川埋蔵金だのザクにそっくりなボルジャーノンだの青色発泡怪獣アボラスだの白骨死体だのの愉快な代物(少なくとも最後のはこれが推理小説でもない限りあんまり愉快じゃないと思う)が出てくる程人生は劇的ではない訳で(自宅の洗濯機から居候が出現する人生は充分劇的だという向きもあるだろうけど)、僕は実に速攻で穴掘りに飽きてしまった。どのくらいの深さを掘れば「何も埋まっていない」と結論できるのかも不明だし、大体「紅葉の根元」って紅葉から半径何センチ以内の地点を言うんだよ、とも思う(庭自体が狭いうえに紅葉はさらにその隅の方の塀のそばにうわっているんで、範囲としてはそう広くないけど)。
 そこで、さっきから薄暗いところに持っていけば実際に発光してるんじゃないかという勢いで期待に眼を光らせている洗濯機さんにスコップを渡してみたところ、もう何かこっちが罪悪感を覚えそうになるくらい喜々として穴掘りにいそしみはじめなされた。
 「うわーもう何出てくるですかね、みかんかな、豆大福かな、案外チーズ蒸しパンだったり。あーもううはうはですにゅー」
 単に今食べたいものを列挙してるように思えるとか庭に埋まってた食べ物はあんまし食べたくないとかウィッシュボンだかウェンズデーはどうしたんだとか「うはうは」っていつの時代の言葉だよとかいくら何でも「にゅー」はないだろとか突っ込みどころが満載で、慣れているとはいえ頭が多少くらくらする。

 ざくざくざくざく。
 ざくざくざくざく。

 「穴掘り穴掘りるるるるるー、大判小判がハイザックー」
 歌い出した。というか中途半端なアレンジはどうかと思う。

 ざくざくざくざく。
 ざくざくざがち。

 「あいやー、ついにロゴダウの巨神とご対面ですかにゅー」
 そんなものを発掘したら人類が滅亡してしまう。
 「ん?何だちみは」
 洗濯機さんが掘った穴の底には何やら金属っぽい質感のものが埋まっていて、円筒っぽい曲面が露出していた。一瞬ガス管か水道管の類かと思って焦ったけど、考えてみれば庭の土はそのテの配管の上にコンクリで作った土台のさらに上に盛ってあるだけの筈なので、そんなものがスコップで掘り出せる訳がない。
 「おお、これはまさしく・・・茶筒ですにゅー」
 何の警戒もせずに洗濯機さんが速攻で掘り出して手に取った円筒状のそれは、実際茶筒にしか見えなかった。もう少し大きければ海苔の缶にも見えるけど。少なくとも空気砲とかシズマ管とか岩本博士のペンシルロケットには見えない。あ、でもメカ沢の弟になら見えなくもないか。見えてどうなるというものでもないけど。
 しかしどうしてまた茶筒が庭に埋まっていたのだろうか。どちらかといえば「埋まっていた」というよりはむしろ明確に「埋められていた」のだろうけど、じゃあ誰だよ埋めたの。うちの家族の誰かが茶筒をタイムカプセルにしたという線が比較的ありそうというか常識的な話なのだろうけど、どうもそういうことをしそうな人間はいないように思うし、僕にも覚えはない。例外として洗濯機さんなら意味もなく茶筒を埋めたりしそうな気もするけど、茶筒の状態や周囲の状況からして埋めたのは洗濯機さんが居候になるよりも前という可能性が強そうだし。かといって他人がわざわざ茶筒を埋めていったというのも相当に不可解だ。例えばあの茶筒の中身は蟲毒で加藤保憲がうちに呪殺を仕掛けているとしたら・・・茶筒は使わないと思う。というか加藤保憲があまりいないと思う。それによその誰かのタイムカプセルだとしてもそれを他人の家の庭に埋めるというセンスは尋常ではない。案外お歳暮かお中元で玉露か何かが入ってるのかもしれないけど、そんなもん庭に埋める訳が・・・というか、ありえないよ庭に茶筒を埋めるのが必然になる状況って。ひょっとして新手のスタンド使いのしわざか?

 「考へるんぢゃない、感じるんだ。」
 と、唐突に洗濯機さんが文語調な雰囲気で発言した。
 「この茶筒の理由はつまりこの茶筒の中身を知ることによって与えられん。そう、信じるものは足元を掬われるのです」
 後半は何を言いたいのかよくわからない。
 「てかさ、開けちゃおコレ。ねねねね」
言うなり、
 すぽん
と茶筒の蓋を引っこ抜いた。もっとも蓋と本体の間に錆びか土か何かが詰まっていたらしく、より正確に表現するなら、
 ずぼん
という感じだったけど。

 幸いなことに、茶筒の中から煙がもうもうと出てきて気が付いたら老化していたとか、マトリョーシカ的に一回り小さい茶筒が入っていたとか、M1号が出てきて「わたしはカモメ」とか言い出すとかいうパニックSFの筈がオチだけ不条理劇かよみたいな展開とか、茶筒の中に女の子がみっしりと詰まっていて「ほう。」と言ったりとか、茶筒の中から際限なく塩が出てきて始末に困って海に投げ入れたらそれ以来海の水は塩辛くなったのよ、といったことは起こらなかった。まあ、結果がそれらより幸いだったかどうかは微妙なところだけど。
 茶筒の口から中を覗き込むと、髪の毛のようなものが見えた。
 「・・・カツラ?」
 などと思っていると、その毛を押しのけるようにして手が生えてきて、それにつながって腕がのびてきた。そして頭が首が胸が胴が腰が脚が・・・と、何か既視感のある光景が展開し、結果として僕の足元に顔立ちも体格も洗濯機さんに似ているというかおおむね同じ感じの女の子がうずくまって、
 「あうー、・・・てててて」
 とかうめいている。何を血迷ったかスクール水着(それも絶滅種の旧タイプ)なぞ着ているので見ていて寒そうだった。
 「うわうわうわわわ、誰ですかちみは」
 「うー・・・今度は熱いお茶が一杯怖いですう・・・」
落語ネタかよ。というか茶筒と掛けてるのか。
 「ふんとにもう全く、茶筒から出てくるなどとは何たる非常識ですか。ぷんすか」
 洗濯機さんは自分のことを完全に棚に上げてそんなことを言っていたけど、
 「まままま、つもる話は中でしましょうや。立ち話ってえのも何ですし、第一ここは寒くっていけねえ」
 などと微妙にどこかで聞いたようなことを言ってさっさと家の中に戻ってしまい、
 「そうですねえ。カルヴァドスのことは林檎に任せておけ、とも言いますしー」
 などとあまり言わないようなことを言いつつ茶筒さん(仮名)もそれに続いた。そして僕は、あの茶筒は洗濯機にもまして人が収まる大きさじゃないし、第一あれ片手で持てる重さだったし、まさか本当にアラブの魔神ですか、とか考えるけど結論は出ない。




 

補足あとがき

 さて、2年ぶりに再登場の洗濯機さんですが、今回は原稿用紙換算で10枚は軽く超えているにも関わらずやってることは以前と全然同じな与太話+不条理オチという投げっぱなしになっております。
 というか実はオチをどうしようかと考え込んだまま1年ばかし寝かしておいたのを強引に仕上げてみたという感じなので、構想1年とか言っても嘘ではない訳ですがー。その1年をちゃんと構想に使ってないのがオチでバレバレですが! が!

 茶筒さん(仮)の服装がアレでナニですが、どうせ絵は付けないから大勢には影響しません。じゃあ最初からやめとけよ?

 

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