中華饅頭  (01.11.25.)

 結局のところ、僕は例の洗濯機さん(仮にこう呼んでいるだけで、実際にはこんな頓狂な名前な訳はない・・・と思いたい)と同居している。というか洗濯機さんは見た目は女の子なので(こういう表現をしたけど本当は男だとかいう事実がある訳でもなく、単に僕が確認していないってだけの話)これは世間的には同棲というアレとみなされるのであろうし、実際実家に一人でいるのをいいことに女の子を連れ込んでいると思われたりするとそれを否定するだけの客観的根拠は無いという一般的には危険な状況なんだけど、まあそんなことで失うものは特に無いのも事実だ。
 洗濯機さんは和室の応接間がいたく気に入ったようで、日中はそこで昼寝しているかテレビを見ているかという実に怠惰で多少うらやましい生活をしている(怠惰でいられることがうらやましいのか、怠惰的な生活に飽きる気配がなくおおむね幸福そうでいられるのがうらやましいのかは人によると思うけど)。夜は寝ているようだけど僕は10時くらいまでには自室に引き上げるのでよく知らない。たまにいなくなって、いろいろと食べ物なんかを調達して帰ってくる。食費としてはおおむねワリカンになっていると言えるけど、洗濯機さんがどうやって食料を調達しているのかは謎だ。
 適度な謎は生活に潤いをもたらすとか、そういうことを誰かが言ってたような気がする。

 

 出先から帰ってくると、家の前に年季の入った自転車、俗に「中国チャリ」という形式のものが1台駐輪してあった。そして玄関に行くと中からカギが開いて、いちこさんが顔を出した。「苺さん」ではない。
「あ、おかえり」
と彼女は言うけどそれは普通この家に住んでいる人間が言う台詞だと思う。そしていちこさんよりはその台詞にふさわしい境遇にあると思われる洗濯機さんは、
「肉まん肉まん中華まん〜、わおわお」
とか即興で歌っている。・・・割と目眩がする状況ではある。
「余った肉まん持ってきてあげたの」
いちこさんはそう言うと、例によってふさわしくない自然さでもって僕を招き入れた。

 いちこさんと肉まんの関係には謎は特になくて、彼女の実家でもある勤務先が中華料理店であるというシンプルな事実があるだけだ。
 ちなみにいちこさんはチャイナ服的な上着に短パンもしくは七部丈くらいのズボンといういでたちでほとんど年中通している。以前1回だけその理由をきいたことがあるけど、「だってスカートだとさ、自転車乗るとき不便でしょ」という多少趣旨のズレた回答があった。
 ついでに言うと、洗濯機さんは体操着かジャージ(いわゆるイモジャーに分類されるデザイン)しか着ないけど、謎や疑問は他に山ほどあるのでそのくらいは瑣末な問題だろう。多分。
「蒸し器で暖めてたとこ。もうじき出来上がるよう」
いちこさんはそう言い、洗濯機さんはさも重大なことのように
「ねねねね、肉まんって関西やと豚まんって言うんだって、やねん」
と、力一杯間違った関西弁でのたまわった。

 それから数分後には洗濯機さんの居城であるところの和室の家具調コタツの上に湯気を上げる中華まんが鎮座していた。そして僕といちこさんは座っていたけど、洗濯機さんは右手にウスターソース、左手に丸大豆濃口醤油のビンを持ってうろうろと懊悩し煩悶している。
「肉まんには醤油かソースか・・・例えばこれがカレーまんであればワタシだってソースでいいような気もするのですけども。むうう、これはシュウマイ問題にも通じる奥深さというか、これも揚げシュウマイであればソース派を支持するものでありますけど、蒸しシュウマイであれば崎陽軒のヒョウタン型のアレからしても醤油を正調とすべきという意見も根深いものがあり、はたまた海老シュウマイであるとか、皮の代わりにモチ米を用いるような変種シュウマイであってもまた食感は異なりますですし、思えば我々は大体においてこの醤油とソースの二択の問題を先送りにしてきたのではないかということは言えるのではないでしょうか。うん。代表的なものとしてはアジフライ問題。結局これについては先の東海林・江川討議においても確たる結論は得られておりません。しかしこれについては醤油・ソース問題だけでなくフライと天麩羅の関係にも及ぶ議題でありますし、まして目玉焼きについて言及するならばそこにはパン・ご飯問題という深遠に至る道が生じ・・・」
などとぶつぶつ言っている。
「・・・私は酢醤油派なんだけどね、本当は」
いちこさんが小さく言った。

 結局いちこさんはカラシのみ、僕は醤油、そして洗濯機さんは2者併用というありがちな妥協点に落ち着いてようやく食べはじめた訳だけど、
「甘い」
洗濯機さんは甘い甘い甘くて醤油は辛い、合わない合わない〜、とか途中からは歌いだした。見ると洗濯機さんの食べかけの中華まんは肉まんではなくて、あんまんだった。
「あんまん?」
かじってみると僕のもあんまんだった。
「いちこさんのは?」
「あんこ、だね。これ。漉し餡」
「いちこさんとこって、あんまんやってます?」
「やってないよ。うちは肉まんだけ。小龍包とか胡麻ダンゴはあるけど」
「でもこれ・・・」
「あんまんあんまん、甘い小豆の餡子がたっぷり詰まったあんまんだよ。こんなことなら醤油かソースか考えたの骨折り損ですよう。ふがふが」
洗濯機さんは全くもって心外でけしからんやねん、とか言っているけど見た感じ特に怒ってはいないようで、
「あんこはいいですよねえ。うん甘い甘い」
とか言いつつにこにこしている。
「・・・私は漉し餡より粒餡派なんだけどね」
いちこさんが小さく言った。

 

補足あとがき

 11月23日(勤労感謝の日)に一気に書いた、「洗濯機」の続編です。というか洗濯機さんアンドいちこさん説明編とも言うです。

 今回は説明が不足してたり話がブツ切りになってるだけで話そのものは別段不条理じゃないけど。
 何故肉まんがあんまんに化けたのかということについても一応解答はありますけど、裏設定ってのはオープンにはしないモンです。

 謎な女の子に加えて近所の女の子まで登場してかなりアレな感じですけど。

 

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