山中で怪異を見る (01.11.18.)

 

 私は怒っていたんである。そう、言わば憤慨し憤怒心頭怒髪天、憎悪に身を燃やしていたりなんかしたんである。言わば憤怒の霊帝アドラメレク並みというか。何しろひどく寒かったしお腹の中は明瞭にきゅるきゅると音を奏でるくらい空虚だったのね。しかもこれがまだ普通の生活環境であれば牛飯でもかっ食らって風呂であったまって寝ちまえばいいんだし、現金を使い果たしていたりガスを止められていたとしてもとりあえず耐え忍んで布団被って寝ちまえばいいんだけどもさ、私のおかれたロケーションってのがまた日の暮れた山中のじめじめした穴倉の中でありしかも外では雨が降っていたりしてんのよコレが。雨がしとしと日曜日、とか歌ってる場合じゃないよ?牛飯なんか食べにいけないし寝ちゃったらけっこう本気で死にそうだったんだから。この若い身空で何が悲しゅうて遭難して凍死せにゃあならんのよ、という訳で腹が立っていたんである。・・・ああ、どうも描写が余計で長すぎたね。何しろ怒っちゃってるもんで。
 あ、別に私は自らの愚かしさに腹を立てていたとか、そういうんじゃないのね。第一自分に腹を立てるくらいなら最初から山中に分け入ったりなんかしないよう。私は山菜とか売ったりしてるんでもないし、どっちかって言うと頭脳派、というかアウトドアは好きじゃないし。それはあのギヤネム辺りならただの運動不足じゃないですか、それ、とか言うんだろうけど、だいたいあのギヤネムのせいじゃんかよああなったのは、ドン!などと逆上して机を叩いてしまったりする昨今、まあその原因について説明しておく必要を認めることについてはヤブサカじゃないよ。思い出すだけでも不愉快だけど。

 

 その日私は裏塩屋で黄ソバを食べてたのね。いいじゃん私好きなのよ黄ソバ。んで、ずるずるやっていると猫のギヤネムが声をかけてきた、と。
ギヤネムは猫のくせにトタン屋でバイトをしながら独学で勉強して大学に入ったという傑物、いや本人が自分で傑物を自称してんだから世話ないよねって話だけどさ、まあ猫にしちゃ珍しい努力家よね。でも考えるにさ、努力家てのは周囲に役立つことを努力してはじめて評価されるべきであってさあ、例えば傍迷惑なことを一所懸命努力されても物凄く迷惑なだけだよ。ねえ。

「そういや今度の十五夜は河馬参りでござんすねえ」
ぺらぺらと口数は多い割に内容の無いことをひとしきり喋ってから、ギヤネムは唐突にみょうちくりんなことを言い出した。
「河馬参りって何よ」
そう返すとギヤネムは実に驚いたフリをして・・・ああ、ギヤネムってさ、バランス感覚とか瞬発力は凄いんだけど嘘とか演技とかするとバレバレに下手糞っていうか、まああれで下手に嘘が上手かったら可愛げないというか、学生より香具師に向いてるよね。
「あなたこの街に住んで人間やってなすって河馬参りをご存知ない?そりゃ意外でやすねえ」
などと抜かす。
「うん、知らないよ。ずずずずっ」
しばらく無言でソバを啜っていると、
「・・・河馬参りが何なのかとか・・・きかないですか?」
「興味ない」
「きいて頂けると嬉しいなあ、とか・・・」
「い・や・だ・ね」
ギヤネムは一瞬尻尾を踏まれたような顔をしたけど、
「しょうがないなあ。じゃあ段取り変えて勝手に説明しますけどね」
「勝手に段取りしないでよう」
補足しとくとさっきの「ござんすねえ」とかの口調はギヤネムの地じゃなくて、芝居を打とうとするとああなるのね。私としてはギヤネムの誘導に乗ると何かヤなことになるんではないかと経験と直感から判断して、だからこういう会話になったという。
ギヤネムは困るんだよなあ、予定狂っちゃうじゃないか、とかしばらくボヤいた後で、
「カマドウマ長屋のデボデメのばあさんに聞いたんですけど」
「ああ、あのイワシ占いの?」
「・・・最近はダルマ占いってのをやってるみたいです」
「あれで一応あたるってのが恐いよね」
「まあ冥府に片足踏み込んでるような歳ですし、僕らには見えないモンも見えるのかも・・・って、ばあさんの占いはどうでもいいんですよこの際」
ギヤネムは困るなあ、話脱線されちゃうと、とかごちゃごちゃ言いながら、
「とにかく河馬参りですよカバカバ。あの南部山あるでしょ?正確に言うと南部清海山」
「正確に言うと南部十三不塔分陵清海入道山だよ」
「うへえ」
ギヤネムは困るよなあ、大学生に雑学でカウンター入れてこられると、とかこぼしてから、
「だから今度の十五夜がその河馬参りなんですってば」
「ふうん」
「ふうん、じゃないでしょ。あなたって人間は何だってそう、枝葉にばっか食いついて本題は軽く流してくれるんですよう」
「だってあんたどうせまた欲得がらみの話に巻き込もうってんでしょ」
「失敬だなあ、僕はその学究心の高まりがほとばしって純粋に学術的興味が、あ痛」
舌を噛んだらしい。
「長台詞は苦手なんですよ。・・・うあ、後でヨードグリセリン塗っとかないといけないな、これ」
ギヤネムは困ったなあ、本題忘れそうになってきたよ、とか独り言を言っていたけど、
「デボデメのばあさんが言うにはですね、河馬参りってのはあちこちの霊山でもって順番ににやってるモンなんだけど、ここの南部山に回ってくるのは3年おきくらいで、それが今度の十五夜な訳ですよ」
ギヤネムはそう言うとしばらく黙ってこっちを見ていたけど、
「きいてくれないみたいだからもう勝手に全部説明して喋っちゃいますけどね、河馬参りってのはあの河馬。河馬が大挙して・・・って、実際に何人来るのかは知りませんけどね、とにかく河馬の祭礼っていうか、要は宴会ですね」
「河馬が宴会すんのぉ?」
「ばあさんは何回も見たって言ってますし、とりあえず単に南部山で河馬の大群を見たっていう証言なら探せばぼろぼろ出てくるんですよコレが。文献も無いでもないですし。・・・あそこ河馬はいませんよね」
「目撃証言がぼろぼろ出てくるくらいなら隠れて棲息してんでしょ、河馬の群れが」
「まあ、そうかも知れませんね」
ギヤネムは軽く流した。
「この際河馬が住んでようが余所から3年おきに来てようがそんなことはどうでもいいんですよ」
「いいのかよ?」
思わず突っ込んでしまった。
「その河馬参りのときに河馬が入ってく洞窟があってですね、その中には『星の井戸』があるらしいんですよ」
「星の井戸ぉ?」
「・・・知らないんすか?」
「知ってるよ」
星の井戸というのは・・・とりあえず深井戸。もの凄く深くてきっちり垂直な井戸ね。その辺の自然光は全部乱反射して減衰するから深くしとくと井戸の底までは届かないんだけど、星の光ってのはきっちり垂直だから元が弱くても届く訳で、だから昼でも覗くと星が見える井戸っていうのは理論上は存在するのね。実際には滅多にないけど。
「でも何だってそんなもんが洞窟の中にあんのよ?誰かがわざわざ洞窟の天井ぶち抜いて穴掘ったっての?」
「だから南部山の洞窟の井戸についても文献あんですよ。氏神が空から槍を打ち込んだとか龍が降りたとかその手の、どうも南部山のどこかに該当する井戸があったんじゃないかっていう伝承が。でも場所が全然伝わってなくて、というか誰も本気で探したりしませんからね、そんなもん。でもこれにばあさんの話がつながると割と歴史上の重大発見が国文学的にも新たな展開の可能性でその、あ痛」
また舌を噛んだらしい。
「うああ、当分お茶も飲みにくいなコレ。・・・とにかくですね、だから河馬参りの河馬を見つけてその後を尾けていけば『星の井戸』の場所が特定できるんじゃないかってことです」
一気に言い終わるとギヤネムはぐったりとした。
「・・・でもさ、そういうコトならばあさんはその井戸の場所知ってんじゃないの?」
「知ってるみたいっすけどね、あのばあさん眼も脚も相当・・・まあ御老体ですからね、道案内はできないでしょ。山の中だけに道聞いても役に立たないでしょうし。それに他の目撃者はみんな河馬の後なんか尾けたりなんかしてませんから井戸のことなんか知りませんし」
「ふうん。じゃ、頑張って河馬探してね。遭難したら骨でも拾ってあげるよ」
「いりませんよ骨なんか。生きてるうちに何かもらった方が余程いいです。・・・じゃなくてぇ」
ギヤネムは本っ当困るなあ、余計な茶々ばっか入れられると、とか毒づいてから、
「今度の十五夜は僕実家帰らないといけないから駄目なんです」
「なんで?」
「年中行事です。猫にも通さないといけない仁義ってのがあんです」
年中行事に出席するのは仁義とは言わないと思う。
「・・・パス1」
ソバはとっくに食べ終わっていたので、私は小銭を置いてさっさと帰ろうとした。
「何で逃げるんすか。頼みますよお願いしますよこの通りですよ」
「あのねえ、私ゃこう見えるように人間の女なのよ?そんな夜中に物騒な」
「いいじゃないですか人間なんだし。皮はがれて三味線にされる心配もないでしょ」
「なっ・・・ちょっと想像しちゃったじゃないの、うわあ」
「良かったじゃないですか、先に食事済ませてて」
「そういう問題?」
「お願いしますよ、僕他に友達いないんですよう」
「うわ、そういう生々しくて笑えないこと言うか?普通」
「・・・そりゃ、河馬参りってのはちょっと普通じゃないですよ」

 ・・・とかそういうやりとりの末に、私は結局十五夜の夜に南部山の中腹にあるお堂で待ち伏せをすることになった。まあ私だって鬼じゃないのよ、とかそういう無意味で些末な感情の発露というか。
 でもまあ、この時点ではそれなりに不愉快ではあったけど怒髪天とかそれ程怒ってはいなかった。というか最初からそんなに怒ってたらそんな口約束はさっさと反故にして家で布団にでもくるまってればよかったんであり、いや実際そうしとけばよかった。本当に。

 

 そのお堂で待ってれば河馬と遭遇できるというのはデボデメのばあさんの証言で、つまり信じていいものかどうかは不安があったけど仕方ない。過剰に防寒の備えはしてあったけど、山中で夜というのは予想外に冷えるので丁度いいくらいだった。日没前にはお堂に入って、後はギヤネムに用意させた小型コンロ・・・ああ、ギヤネムの下宿の近くにキャンプというか野宿が異様に好きな住人がいるらしくて、野営用の装備とか借りてもらってるのね。というかギヤネムは友達はいないけど近所付き合いはやたら良好みたいで、考えようによっては隣近所はみんな友達なんじゃないかという気もする。・・・ええと、小型コンロだった。それで携帯用の簡易饂飩を作って食べたり、寒かったからお酒も少しずつ飲んだ。あ、酒食は自前ね。もっともお酒はもらいものの密造酒だけど。これがまた凄い味で・・・って、この話には関係無いか。

 で、時計で確認したけど午後の10時頃だったね。何か物音がするんで、いつでも移動できるように荷物をまとめつつ外の様子を伺ってたんだけど、河馬・・・みたいなモノがぞろぞろお堂の正面に集まってきた。その日は雲はなかったけど、このお堂の周りはけっこう高い木が多くて光が届かないから、あんましよく見えない。事前に河馬って聞いてたから河馬だと思ったけど。
 そうこうしてるうちにその河馬みたいなのは大体20か30くらいになった。数えてないけど、大体。こんなのに囲まれたらひとたまりもない訳だし、というか1匹でも多分負けるけど、だから不安でもあった。お堂の構造上河馬には入れないっぽいのがささやかな安心材料。

 で、お堂の中で戦々恐々な私をよそに河馬みたいなのはぞろぞろと移動をはじめた。私としてもここで引き上げたんじゃ何のためにお堂に泊り込んだんだかわからないので追跡する。気づかれると面倒になりそうなので充分に距離を取っていたら、だんだんその距離がさらに加算されてしまっていて、気が付いたときはかなり焦ったね。何しろ昼間でも山道なんか滅多に歩かないのに夜なんだから足場は悪いし視界も悪いし条件はひどいのね、かなり。まあ河馬が滑落しないで歩けるルートだった分まだマシなんだろうけど。これで尾行対象が山猫とかキツネとかだったら転落して行方不明ってのもあり得る話。
 とにかく私としては行程の後半はほとんど全速だったんだけど、それでも追いついたのは河馬が移動をやめて宴会を始めた後だった。

 山の中の割と開けた平地で、河馬は車座になって何やらやっていた。何だかうなり声のような、少なくとも私の知っている言語には該当しない音声を発しつつ、焚火を囲んで飲み食いしているようだ。火のおかげで隠れていても様子がよくわかる・・・って、そこでようやく私はどうやって河馬が火をおこしたのかという疑問に至った訳で、状況が異常だったにしろこの鈍さはけっこう迂闊だ。
 大体猫のギヤネムだって2足歩行の修得には相当手間取ったらしいし、筆記具はどうにか使えるようになってるけどいまだに箸は絶望的で食事はおおむね手づかみなんである。まして河馬の手というか前足でそんな器用な芸当が出来るとは思えない。それに明かりがないうちは気がつかなかったけど、この河馬みんな尻をついて上体を起こした姿勢で座ってる訳で、どうもこいつら2足歩行と手作業が可能っぽい。
 あとついでに言えば河馬というのは体表から老廃物やら何やらを分泌してて常にぬるぬらした感じである筈なのにこいつらは見た感じ毛が生えてる訳で、というかそんなことに気が付くまで観察していれば体つきやら何やらからしてこの連中が河馬とは似て非なる存在であることはわかる。強いて言えば何かの本に載ってたトロルとかトロールとかいう小鬼の類に似ていなくもなく・・・ってヤバいよ、したらこいつら化け物じゃんか!うひゃあ。

 

 と、いう訳で、私は後ずさりしつつ退避して、しかもいきなり雨が降ってきたりなんかしたもんだから手近な洞穴に潜り込んで、進退窮まってとりあえず理不尽な状況に腹を立てるくらいしかすることがなくなって、冒頭の心境に至ったと、こういう経緯。やっと話がつながったねってなモンだけど、その時点で当事者であるところの私にとっては危機的状況ってヤツよ?カバン落としちゃってたから簡易饂飩も密造酒も小型コンロもあと雨具も一切合財無くなってるし、服は汗と雨で中も外も湿ってるからじっとしてると寒さが骨身にしみるし。真夜中でしかも雨降ってるから落としたカバンを回収しに行くにもとっとと下山を目指すにも難易度・高って感じだしね。
 だからツラいけどここで夜明けなり雨があがるまで我慢するのが一番安全確実なオプションだろうという判断はできたけど、でも一人で遭難するってのは精神的にこたえる。つか泣きそう。よよよ・・・とか言ってられるのも結局助かったからなのね。うん。でもまあそのときは人格の3割5分は「よよよ」で、6割は「ギヤネムてめえ何が河馬だよ話違うじゃねーかくそ、生きて帰ったら三味線にしてやろうかこんド畜生が」とか「あーくそ寒い寒い寒い」とか「てめー雨降ってんじゃねーよ」とかの理不尽暴力的思考に支配されてる感じだったから、つまり普段のそれなりに真人間なワタシは9割5分引きという投げ売りみたいな有り様だった訳で、この状況が長く続くと危険だったのは否めないね。

 そんなこんなで私がへこんで震えて怒っているという状況の洞穴だった訳だけど、実のところ無闇に動かないで状況の好転を待つという判断をあきらめ加減でしてからものの数分・・・記憶はあいまいだけど10分は経ってないうちに、状況はまたもや急展開を見せたりなんかした。だからぁ、見たくないってばんなモン。

 

 私は洞穴の入口から10メートルくらいのところにいたんだけど、入口の方から何か雨音以外の音がしてきたんで、やな予感がしつつもそっちを観察してると例の河馬チックな化け物集団が松明片手にぞろぞろ来るんである。うわあ手前等化け物のくせにタイマツなんか使ってんじゃねえよ、ってなモンよ。まあ順当に考えると「化け物とはいえ雨に濡れるのは嫌だから雨宿りに来た」とかあるいは「私がたまたま入り込んだ洞穴が河馬参りの最終目的地であるところの井戸のある洞窟だった」といった可能性もある、というかその辺が妥当なセンだけど、この時点では「ぬう、追手か?」とか思った。怖かったのよう。本当。
 この場合退路は洞穴の奥にしかない訳で、でもそれは結構な確率で袋のネズミ的状態になる未来を示唆してる訳だけど、でもここでじっとしてれば極めて近い未来に発見、捕捉、包囲されてしまう訳で、ましてや入口方向に移動するなどというのは王将で王手をするような、一見斬新かつ豪快だけどよく考えなくても只の自殺行為。この時点で私の9割5分の統制外人格はそろって「死にたくないないない」という方針にシフトしたのですたこらさっさと洞穴の奥に進んだ。つか逃げた。
 で、暗い中を走ったり転がったりしてるうちに床面が低くなってる横穴に転んで落ちた。痛い。でも高低差も傾斜も大したことないから脱出不能ではないし、ここでじっとしてればとりあえず河馬モドキをやり過ごせそうだったし、これはむしろ幸運だったというか、実際しばらくするとすぐ脇を河馬軍団がぞろぞろと通過していった。距離は近いし松明の明かりもあるしで今度は実によく見えたけど、もうこれは絶対断じていわゆる河馬ではあり得ないという確信が得られたね。というか、しつこいようだけどそんなもん得たくなかった。

 

 ・・・で、私は今度こそ入口の方に全力疾走し、雨も夜も知ったこっちゃねえ、とかいう心境で、というよりも単に無心で下山して、そのまま丸一日寝込んだ。

 

 その次の日に私は実家から戻ったギヤネムとその洞穴に行った。本当は絶対ヤだったけどギヤネムに泣きつかれたし、ついでに言えばこれでギヤネムから報酬をもらい損ねるとそれこそ目も当てられないという政治的判断もあった。・・・政治的?
 でも結局奥まで行っても井戸はなく、その代わりに巨大な岩戸があった。この奥にはあるいは何かあるのかも知れないけど、どう見ても人間には、ついでに猫にも、素手で動かせそうな代物ではなかったし、私にもギヤネムにもこの岩戸をどうこうする経済力はない。ギヤネムの大学に調査隊の派遣を要請すればあるいは何とかなるかも知れないけど、私には特に興味はなかったし、ギヤネムにしたってそうなると政治的後ろ盾のない一介の猫学生が調査なり研究に介入できる余地は無くなるだろうから、結局この岩戸はそのままにして帰ることにした。
 星の井戸を見られなかったのは残念だったけど。

 ただ、岩戸の前には松明の燃えカスや縄のようなもの、それに徳利や皿なんかも少し置いてあって、得体の知れない足跡が大量にあり、
 さらに岩戸の下の地面にはそれを引きずった跡も残っていた。

 

「全く、結果も出ないのに報酬払ったらすっかり大損じゃないですかぁ」
ギヤネムは実際困るよなあ、借り物のコンロも雨でドロドロだし、とか愚痴っている。
「っさいなあ猫のくせに女々しいこと言って、あたしゃもう少しで死にそうだったのよ?」
「んなのわかんないっすよ。案外友好的な河馬人間だったかも知れない」
「じゃあ何、あんたなら河馬に突撃隣の晩ご飯、とかしたってえの?」
「僕なら逃げますね」
真顔で即答してくれる。
「大体しゃもじがない」
「そゆ問題かよ」
「様式美ってのは大切ですよ」
「それより晩ご飯でもおごりなさいよ」
「うわ、そういう飛躍します?普通」
「普通とか常識が通用しない事態というのは、起こるんだよ。ギヤネム君」
「訳わかんないっすよ。もう・・・」
ギヤネムはでも本当困りますよ、まだ舌少し痛いんですよね、とか言ってみた。

 

 補足あとがき

てな訳で結構長めの話。原稿用紙で言うと16枚ちょい。話の原型は民話か何か(ごちゃ混ぜ)で、大筋は書き始める前に決めてたんですいすい書けました。
未加工の民話原型とか中国の古典の伝奇とか志怪とかの唐突な感じを狙ってみてます。
ちなみに年代とかの舞台設定はあやふやにしてますけど、とりあえず誰も日本だなんて言ってないよ。とか。

あとはメインキャラであるところの猫のギヤネムのキャラが立ってくれてたら成功というか。最初はもっとヤな奴だったんですけど、書いてて楽しい方に逃げました(笑)。でもその分主役であるところの「私」が結構アレになってますけど。
本文にもあるようにギヤネムは2足歩行に対応しているという設定ですけど、ヒザの関節の骨格はどうなってんの?とか突っ込まないで下さい。お願い。まあ長靴の猫とか、「どんぐりと山猫」の山猫を小さくした感じというか、その種の嘘っぽい存在です。

書いたのは11月11日からおおむね1週間。現状における最新作で、というかコレより前におおむね仕上がってる文章のストックが実は4本ばかしあるんですけど、まあそのうち。

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