屋上対話 (2009.01.02.)

「や、先輩こんなところで昼食べてんですか」
「いい場所じゃない? 見晴らしはいいし晴れていれば日当たりもいいし、何より人が少ないもの」
「はあ。人少ないっつうかいませんけどね」
「今はね。あと、あなたも覚えておくといいけど、食事は本来、黙って料理に集中するものよ。大勢で和やかになんていうのは談笑と食事を区別できない無作法者ね」
「ずいぶんと極論ですね。というかその弁当は集中するほどうまいんですか」
「私が自分で食べるために自分で作ったんだもの。ちゃんと味わわないと経験がフィードバックされないでしょ」
「先輩、自分で作ってるんすか」
「そうだけど、おかしい?」
「いや、まあ、らしいっちゃあらしい・・・のかなあ」
「何がらしいのかわからないけど、ところで何か用なの?」
「用が無いと声をかけちゃ駄目ですかね」
「人が少ない場所を選んでいるのとその理由の話とで察して欲しいのだけど。端的に言えば、駄目ではないけど邪魔ね」
「はっきり言いますね。でも用はあるんだ。あるんです」
「何よ」
「理由から説明していくのと先に結論を言うのと、どっちがいいです?」
「結論だけでいい。食事中なんだから手短に頼むわ」
「じゃあ私は先輩が好きです」
「そう、ありがとう。私もあなたのことは好きよ」
「いや、それ多分勘違いっていうか、じゃあ言葉を変えますけどね、愛しています。あいらびゅー」
「ふうん。・・・ちょっと待って。いや、だからちょっと待って」
「何を待つんすか。あと二回言った」
「いや、うん、一応確認するけど、あなた男じゃないわよね」
「無論です。何なら証拠をお見せしましょうか」
「見せなくていい」
「ちなみに証拠ってのは生徒手帳のことなんですけど、何かやらしい想像とかしました?」
「その質問に答える義務は私には無いと判断するわ。・・・とりあえず理由も聞きたいかな」
「ご要望通り手短に言ったのに、お嬢様は勝手ですね」
「お嬢様じゃないし」
「まあいいですけど。理由は、うん、私たちは何百年とか何千年前とかの恋人同士の生まれ変わりなんですよ、たぶん。前世では結ばれなかったとかそういう感じの」
「・・・あのね、たぶんとかそういう感じとか、いい加減にも程があると思わない?」
「だって前世のことなんか全然覚えてないですし」
「覚えてないことが何故わかるのよ」
「それは、だから憶測で」
「なかなか斬新な発想ね。斬新過ぎて全然理解できないわ」
「だいたい、人を好きになるのに理由が必要なんですか?!」
「え、何、逆切れ?」
「いや、別に本気で切れたりしてないですけどね。でも理由なんかありませんよ実際」
「ええ、そうね。人の心が論理的に割り切れるものではないということには同意するわ。でも、あなたがさっき理由の説明と結論だけの二択を提示したように私は記憶しているのだけど、それで理由が無いというのは誠実さに欠けるのではないのかしら?」
「ご存知の通り、私は不実な女ですんで」
「ええ、それは知っているわ」
「・・・いや、今のはボケなんですけど、素で返されるとちょっと傷つきます」
「じゃあせいぜい誠実に生きてみることね。日頃の行いは返ってくるものよ」
「いえ、その、どうして私が説教される流れになってるんでしょうか」
「アドバイスよ、説教じゃないわ。説教して欲しいのならそうするけど、それなりに覚悟はしておいてね」
「はあ、それはとりあえず遠慮しておきますが。いえ、その、私が誠実さに欠けるという件に関してはあまり有力な反証の持ち合わせが無いので置いておくとして、でも好きなのは割と本気なのでそれは汲んでいただきたいというか」
「だからその、割とっていうのは何なの」
「それは具体的に言うと、先輩が足の指を舐めろって言うならそうしますけど、今すぐ銀行口座に三百万円振り込めって言われたらそれはちょっとどうかな、という程度には好きってことで」
「言わない。どっちも言わない。絶対言わない」
「痛いのは嫌だけど、ご希望でしたら我慢します」
「希望しない。徹頭徹尾しないから安心していいわ」
「私もそういう趣味はないからその方が助かります」
「というか食事の途中なんだからもう勘弁してくれないかな。端的に言うと帰って。もう」
「また直球っすね。まあ、返事をくれたらすぐに退散しますけど」
「返事って何」
「うっわ、お嬢様は世間知らずだ」
「いや二回目だけどお嬢様じゃないもの」
「わかってないすね、家系とか資産とかじゃなくて属性ですよ」
「いや何その属性って」
「だから属性じゃなく返事の話でしょ」
「いやだから返事って何」
「そりゃ私が告白したんですから返事はしていただきたいってことですよ」
「わからない話ね。質問されて答えるならわかるけど、好きだとか言われてもはあそうですか、とでも返すしかないじゃない。何を返事するっていうの」
「いや、お説ごもっともですけど、でもその辺は不文律だとも思うんすけどね。はい、じゃあ質問しますよ。先輩、私と付き合ってくれませんか」
「・・・・・・」
「聞こえてます?」
「あ、ええ、聴覚に問題はないわ。ちょっと理解を超えていただけ」
「そんなに突拍子もないことを言ったつもりは無いんすけど」
「じゃあ自覚が足りないのね。だったら、あえて質問を質問で返すけど、『付き合う』って具体的には何をするの?」
「うわ、嫁入り前の娘さんがそんなこと聞いちゃいかんですよ」
「・・・嫁入り前に聞いてはいけないようなことを想定していたのかな」
「いや、想定はしてないすけど、想像はちょっとしました」
「あのさ、殴ってもいいかな。グーで」
「すいません」
「えい」
「あ痛」
「全く、無断で勝手な想像しないでよね」
「事前に断っておけばいいんすか」
「そりゃ許可しないわね」
「結局駄目なんじゃないすか。まあ勝手な想像については申し訳ないですけど、でも好きだから想像もするというのは酌んでいただきたい。好きじゃない相手とキスしたり足の指を舐めたり踏まれたりなんかしたくないです」
「・・・そういう趣味なの、やっぱり」
「冗談です」
「冗談に聞こえないわ」
「正直に言うと、積極的にされたいとは思わないけどご要望があればそれも悪くないとは」
「今日はあなたの意外な一面が見られたけど、正直あまり見たくなかったわ」
「私は先輩のことなら何でも知りたいです。変なところでも嫌なところでも」
「冗談に聞こえないわ」
「冗談じゃないですから」
「ふうん。・・・じゃあ、あなたが何かというと私をじろじろ見ていたのも、そのせい?」
「じ、じろじろ? え? そんなことしてませんよよ?」
「じゃあ学年が違うのにうちの教室の前の廊下でよく見かけたのはどうしてなのかしらね」
「たぶん気のせい」
「体育の授業中にあなたがわざわざ廊下の窓から私を見ていたのも気のせい?」
「それはたまたまトイレに行く途中にですね」
「授業中にそう頻繁にトイレに行くようなら生活習慣を見直した方がいいと思うわ。それに普通、そういう場合はいちいち立ち止まって外を眺めるほどの余裕は無いんじゃない」
「ああ、行く途中じゃなく帰る途中でした」
「じゃあさっさと教室に戻りなさいな。それにあなた、この間の遠足のときの私の写真、何枚か買ったって言うじゃない」
「えええ? いやいや、そんなことないっすよ。大体、学年が違うと写真申し込めないです」
「詳しいのね。でも、だからわざわざ代理を頼んだんでしょ」
「うわ。・・・くそっ、口止めのためにザ・丼で鮭トロ丼までおごったってのに、裏切りやがりましたかあの人」
「月見ネギトロ丼なら黙っていたって言っていたわ」
「ぜいたくですね。将来痛風になりますよ」
「同級生の将来の健康のことは、今はいいのよ」
「というかですね、そこまで知っていておいてさっきの告白したときのリアクションがあれっていうのは、ちょっと腑に落ちないような気がしないでもないんすけど」
「それは、あなたが私に好意なり興味を持っているらしいということは把握していたけれどね。でも好意って言っても色々あるじゃない」
「愛憎とか情欲とかですか」
「発想が偏っているにも程があるわね。私はあなたを後輩だと思っていたわけだから、そうね、妹みたいなものと認識していたわ」
「うわ、ひっで。デリカシーが無いこと鬼の如しです」
「そう?」
「そうっすよ。これは重要なポイントなので押さえていただきたいのですが、ええと、例えばサッカー部で割と活躍している男子とそれに憧れ焦がれる後輩のマネージャーがいたとします」
「何、ボーイズラブの話?」
「どうしてそういう発想をしますか」
「男子の運動部のマネージャーが女子である確率は低くはないにしても、そうでない可能性を無視していいほど高くもないと思うわ」
「スポーツ漫画なら鉄板で女子ですって」
「漫画の話なの?」
「違いますけど。とにかくその女子マネージャーがいるわけですよ。で、その憧れの先輩が同級生とだべっているのを見かけてですね、そこで先輩が自分の話題を振られたときに、『ああ、あの娘は妹みたいなもんだから』とか言ってたらどう思うかっつう話です」
「直接言われたのならともかく、立ち聞きなんて品の無いことをするのがよくないと思うわ」
「ああもう、どうしてそう話を混ぜっ返すかな」
「あなたがそれを言うかな」
「言えた義理ではないっすね。ですけど、意中の相手に妹みたいなの呼ばわりですよ? そりゃ、純情な乙女心は深く傷つくのです」
「その点あなたはあまり純情じゃなさそうだから安心ね」
「うわ。ひょっとして先輩ってSかMかで言うとSの人っすか」
「そういう二元論で人間を分類しようという発想は視野を狭くするから感心できないけど、少なくとも踏まれたり足を舐めさせられたりして喜ぶ趣味は無いわね」
「じゃあバランスは取れているわけか・・・」
「勝手に納得しないで欲しいな。って、あなたやっぱりそういう趣味なの」
「だから積極的に肯定はしませんけど、否定もしかねるという微妙な乙女心」
「そうね、憶測だけどあなたの言う乙女心という概念は、一般的な認識から大幅にずれていると思うわ」
「はあ、おかげさまで」
「・・・さっきからずっと喋っている割に全然会話になっていない気がするんだけど」
「だって先輩もさっきから全然返事くれないじゃないっすか。もう昼休み終わりますよ」
「ああ、困ったわね。まだ食べ終わってないのに。・・・そうね、じゃあここはスマートに行きますか」
「スマートって、何を・・・」

「・・・うわ。うわあ。え、その、何?」
「うちのおばあちゃんが教えてくれたのよ、うるさい口は塞いでしまえばいいって。試したのは初めてだけど」
「いやいやいや、ええと、その、ずいぶんアクティブでスパルタンなおばあさんっすね」
「他に『何事も経験』と、あと『迷って時間を浪費するな』とも教えられたわ」
「疾風怒濤ですね。むしろシュツルム・ウント・ドランクです」
「それ両方意味は同じじゃないの。・・・まあ、あなたに好意を持たれているのは前からわかっていたし、それがどういう性質のものかも今わかったからね。判断材料が揃えば物事なんてゴーとストップの二択だけよ」
「はあ。さすがはシュツルムおばあさんの孫ですね」
「何よその都市伝説の模造品みたいなのは。・・・じゃ、そういうわけで、しばらくはお付き合いするわ。あなたが私を本当に好きだというなら、私があなたを好きになるように仕向けてみることね。せいぜいお励みあそばすがいいわ」
「・・・ええと、先輩。これ、私は喜んでいい状況なんですかね」
「自分で判断なさいな」
「ですよね。って、いや、どうなのよ」

 

 あとがき
 どうも小説を書くと台詞ばかりになって強引に地の文を合間にねじ込む感じになってしまうので、じゃあいっそ台詞だけでやってしまえばいいじゃない。ということで一つ書いてみました。
 普段は枝葉が膨らんで困るので枝葉だけで膨らむに任せてみた、ともいいます。

 あと「かしら」とか「だわ」とか会話で使う人はそう滅多にいないとは思いますが、声の調子や表情の代わりの表現手法としてあえて口調をディフォルメするのもそれはそれでアリなのではないかというか、要するに台詞の差別化のために使ってみただけです。

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